17 願いを託す女 【17-2】

【17-2】

小会議室。

東日本の頃は、よく使われていたが、『東日本成和』となってからは、

あまり人の出入りがない場所になった。

謙は閉まっているカーテンを開けると、こちらを振り返る。


「『渡辺商会』の件?」

「はい……それもあるのですが……」


私はポケットに入れておいた写真を取り出し、謙の前に置いた。

圭が破った写真は、とりあえずテープで張り合わせ、それも一緒に出す。


「これは」

「昨日、彼が持ってきたの。マンションのポストに入っていたって。
これって、誰かが私たちを隠し撮りをしていたってことでしょ?
何か心当たりはある?」

「心当たり……とは?」


私の口から、疑いの言葉を投げかけるのは気が引けることだった。

同じ女性として、謙の奥さんが嫉妬する気持ちは理解できる部分もある。

それに、確実にそうだと言える証拠はどこにもない。


「理央がしたことではないかと、君は思っているのだろう」


私は黙ったまま、謙の顔を見た。

謙は写真を手に取ったが、特に慌てることも驚くこともなく、

すぐに封筒へ押し込んでいく。


「確かに、あいつは君との仲をいまだに疑っている。
いや、疑いを真実にしようと必死になっているんだ。
『はやぶさ証券』のキーワードを歌穂に聞いたときから、
理央が影で動いていることはわかっていた。粕谷に情報を流したのも、理央だろう」

「謙……」

「互いに『別れる』と覚悟を決めると、少しでも自分が正しいのだと、
必死になる気持ちはわからなくもないからな。まぁ、気にすることはない。
半分真実で、半分はウソなのだから」

「半分?」

「僕が君に気持ちを向けているのは事実だ。ただ、非難される出来事がない。
それだけだろう。裁判所もこんな写真を証拠になどしない。
今の僕達の状況を、不倫などと言われるのは、あまりにもナンセンスだ」

「あの……」


わかっていたのなら、なぜ言ってくれなかったのだろう。

私は真剣に謙を心配したのに。


「それなら、どうしてそう言わなかったの?
ううん……こんなことを予想していたと言うのなら、こんな写真を撮られないように、
外で会うのはまずいとか、帰り道は別々に歩いていこうくらいのことを、
言えばいいでしょ」


私は、圭が勘違いをしてしまい、昨日も話し合いが出来なかったことを訴えた。

直接、彼に説明してくれないかと詰め寄ると、謙は封筒を私に返してくる。


「歌穂が梶本に説明をしろというのなら、もちろん説明はする。
どういう理由で会っていたのか、この写真が偶然であり、
疑われるようなものではないことも。今の僕にはやましいところは何もないからね。
梶本が直接来たとしても、話はするよ。でも……」


謙の手が止まり、写真から私の方へ視線が動く。


「でも?」

「ウソはつかない。君への気持ちを聞かれたら、それは正直に答えさせてもらう」

「謙……」

「動けないから動かないだけだ。都合がいい部分だけ語ってくれと言うのなら、
出来ない」

「謙、私は……」

「それなら聞くけれど、梶本は君のこの写真だけで僕との仲を疑い、
そっぽを向いた。だとすると、それははじめから君が信頼されていない
証拠ではないのか?」


信頼……

確かに謙の言うとおりかもしれない。一番そばにいる人を信頼できないのなら、

『恋人』だなんて、言えないこともわかっている。



でも、私たちには事情がある。



私が圭との別れを切り出したから、それがあまりにも急な気がして、

だから彼は疑っている。


「それには理由があるの」

「理由?」

「私達、別れることになったから」


そう、別れるから、だからこのままでは辛い。

『旅立ち』を応援するという気持を、理解して欲しいのに……


「別れる?」

「そう……」


謙は、どうして別れるのかと、その理由を尋ねてきた。

具体的なことは言えないが、ウソをついていると思われるのも困る。


「彼には、モデルの仕事で大きな舞台が用意されているの。
それには身辺整理が条件だった。あれこれ考えて互いに悩んだけれど、
しがみつくことは彼のためによくないことだと思って、私は別れることに決めた。
可能性を奪うことは嫌だったから。でも……こんなふうに、
ないものをあるように思われて別れるのは、それは嫌」




圭の笑顔を見られないまま、終わりになるのは辛すぎる。

『エール』を送ってあげたい。




「気持ちが離れて別れるわけではないから、
だから、こんなことで勘違いされているのは……」

「歌穂」

「何?」

「別れるということは、きれい事じゃない。理由はどうであれ、
少なくとも互いに傷つけあうことだ」



『きれいごと』



「何かを選び、何かを捨てる。それが別れだろう。
この方がよかったのだと思わせてやることの方が、
後を引くことにはならないとは、思わないか」




後を引く……




私が圭を思い、別れ、旅立たせるということは、逆に彼を惑わせるのだろうか。

このままありもしない出来事を、真実だと受け取らせ、

割り切らせた方がいいのだろうか。


「僕もはじめは、理央をなるべく傷つけないようにと考えていた。
これからも会えるようにとも思っていた。
でも、男と女はそんなに簡単なものではないと思う」

「簡単だなんて……」

「また会いたいなどと、思わせる必要はない」

「でも……それじゃ……」

「梶本の将来を思い、可能性を信じ、自分が身を引き送り出すのだというのは、
歌穂……君の満足感に過ぎない。それを受け取らないとならない相手は、
乗せられた荷物の重さに、苦しむ可能性もある」

「荷物?」

「決断をするというのは、そう簡単な話ではない」


謙はそういうと、一度大きくため息をついた。

『別れる』ということは、確かにきれい事ではないかもしれない。

結局は、一つを選ぶのだから……



圭と一緒に苦しむという選択より、手放すという選択を、私はしたのだから。



【17-3】

相手を思い、揺れ続けた歌穂の結論
その先に見えてくるものは、幸せなのか……不幸なのか
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