17 願いを託す女 【17-6】

【17-6】

マスコミが発表してしまったことで騒がれているけれど、

それでも、これで仕事を終わりにさせてしまうのは、

間違っているのではないかと訴える。


「間違っている?」

「取材は困るということだけを話せば、残りもきちんと仕事をさせられるはずでしょ。
再出発するために辞めるのだもの、せめて、
この仲間たちだけは送り出してあげるように……」

「何を甘いことを……」

「甘い?」

「あぁ、店の前にカメラマンがいて困るとか、道に余計な車が止まっていて、
営業妨害になるとか、すでに近所からは不満が上がっている。
オリンピックに出ることが決まったとでも言うのなら、
国民の代表だと大きく出ることも出来るが、あくまでも梶本個人の問題だ。
こちら側にしてみたら、お客様からの不平不満を解消することの方が重要だろう」


不平不満……確かにそうかもしれないが。


「それともう一つ。4月からのキャンペーンモデルとして、梶本が入った事務所にいる、
鴫原有紀が決まった。そういうからみもあれこれあって、互いに無理は出来ないんだ」

「鴫原? あぁ……」


高野さんや井上さんが話していた、あの『うるつやリップ』のモデルさん。

そういえば、圭が駅から車に乗り込んだときも、そばにいたっけ。


「梶本は、2月末まで本来、『成和』で仕事をするべき人間なのに。
キャンペーンの発表を控えて、摩擦は避けておきたい。
だから身を引かせて欲しいと、連絡が入ったそうだ。
現場のことなどおかまいなしだから、平気でこんな時に発表が出来るのだろう」

「謙……」


謙は逆に、圭の方側に問題があると、そう言い出した。

それでなくても本店から、どういう管理になっているのだと、

抗議の電話が鳴ったこともつぶやき始める。


「最後の最後に、迷惑をかけられているのは、僕の方だ。
正式に支店長となる前に、くだらない騒動は避けておきたい」

「そうかもしれないけれど、上司として……送り出してあげることは……」

「何を今更形にこだわる。梶本のこの決断を、君も後押ししたのだろう」


決断の後押し。

そうだけれど……でも……


「頑張るべきだと決断させたのは歌穂、君だろう。
人は自分のことを一番大切に考える生き物だ。すでに梶本にとっては、
『森口支店』よりも、未来のつながりの方がウエイトを占めている。
それを責めるつもりはないが、これから僕は支店長として、
守るべきものは守らなければならない」


謙は立ち上がると、動けないままの私の前に立った。


「僕は、ここに残るもののことを、考える立場にいる……
セレモニーがどうのこうのなど、どうでもいいことだ」


謙に言い返そうとしたけれど、言い返すことなど出来なかった。

支店長になる寸前の副支店長と言う立場から言えば、当然のことなのだろう。

去るものを庇うのではなく、残るものを庇う。


「……わかりました」


わかっている。そうわかっているのは、私も同じ。

圭もお別れ会がしたいとか、花束が欲しいなどという気持ちは確かにないかもしれない。

私自身が、そうしてあげたかっただけ。

もう、終わったのだという現実に、気持がまだ追いついていないだけ。


「歌穂……」


謙の声に、扉の方へ向かおうとした体が止まる。


「人は環境の中で、気持ちを変えるものだ」


謙は私の方へ手を伸ばし、行員のバッジが曲がっていると直してくれる。

その左手に光っていたはずのリングは、指から消えていた。





仕事を終えて最寄り駅まで戻る。

圭と付き合っていたときには、何を作るのも楽しく、スーパーで歩いていると、

気持ちがそれだけで前向きになれた。

でも、もう作る相手がいないのだと思うと、足はコンビニへ向かい、

すぐに食べられそうなものを手に取ってしまう。



『守ってあげられなくてごめんなさい』



圭が申し訳なさそうに言ったセリフが、私の脳裏に呼び起こされた。

こんなことをしてはダメ。

また、強がりだけの女に戻ってしまったら、悲しむのは圭だとそう思う。

私は手に取ったお弁当を戻し、他にもカゴのものをそれぞれの場所に戻していく。

スーパーに足を向け、自分のために食事を作ろうと、カートにカゴを乗せた。





私が、いつものように昼食を取っていると、10分後に井上さんが現れ、

1枚の色紙を差し出した。その真ん中には『ガンバレ梶本君』と圭の名前が入っている。


「米森さん、これ、みんなで一言ずつ書いて、梶本君に送ろうということになりました。
米森さんも、何か一言、書いてくれますか」

「色紙?」

「はい、本当なら送別会をしたいところなんですが、どうも無理みたいで。
『ガンバレ』とか『お疲れ』なんていう一言でいいですから、ぜひぜひ」


『一言』

言いたいことも、伝えたいこともたくさんありすぎる。

でも、それはきっと圭がわかってくれているはずだから……


「……わかった」


井上さんは終わったら戻してくださいねと言い、昼食を買うために外へ出て行った。

私は色紙をあらためて見る。

何を書くべきなのか考えていると、自然と手がペンを握る。




『ありがとう』




指が勝手に動き出し、その一言だけをスペースに書いてしまう。



隣に住んでくれて、思い出を捨てきれないという同じ思いを持ってくれて、

そして、私を愛してくれて……



『ありがとう』、この一言だけ。



スペースは余ってしまったが、これ以上、何を書く気持ちにもならなかった。

『ガンバレ』とか『期待している』なんて言葉は、

他のみんなからたくさんかかっている。

私が出来ることは、彼がしてくれたことへのお返しだけ。

そう思いながら色紙を袋に戻し、昼食の続きをとった。




【18-1】

相手を思い、揺れ続けた歌穂の結論
その先に見えてくるものは、幸せなのか……不幸なのか
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