18 思い出を残す男 【18-3】

【18-3】

「こんばんは」

「あ、来た、来た!」


仕事の帰りに、『ジュピター』へ立ち寄った。

響子さんと、3月に入ったらどこかに旅行をしようと決めていて、

その行き先が決まり、旅行業者からのチケットを受け取ることになっていた。


「すみません、何から何まで。ありがとうございます。楽しみです」

「私も楽しみ、楽しみ。歌穂さんとは色々と話をしているけれど、
いつもお店だもんね」

「そうですね」


響子さんは、圭と別れたことも知っている。

具体的なことまでは語れなかったけれど、あえてそれを聞いてくることもなかった。

圭が引っ越してしまい、心に穴が開いてしまった私を気遣い、

一緒に旅行をしないかと誘ってくれた。

『女同士』、春へ向かう景色を描きたいという響子さんの推薦で、

今回は『館山』に決まった。


「料理は美味しくないとダメだって、念を押したからね。
これでまずかったら、二度とあの旅行代理店を使ったらダメよ」

「はい……」


出されたカップを手に取り、ブレンドを口に含んだ。

少し苦めの味が、広がっていく。


「うん……」


響子さんの視線が、私の顔から左腕にはめている時計へ移った。

少しだけ口元がゆるむ。


「元気にやってるのかね、彼は……」

「……だと、思います」


私は時計の文字盤を眺め、親指でそっとなぞった。





それから3日後、私たちの旅行が始まった。

レンタカーを借り、都会のゴミゴミとした道を走り、それがだんだんと景色を変えていく。

途中で何度か運転手を交替し、ほぼ時間通りに目的地へたどり着く。

『館山』の春は観光の時期。

菜の花が目の前に広がる場所で、のんびりコーヒーを飲んだ。

響子さんは、描く場所を決めたのか、色鉛筆を取り出し、スケッチを開始する。


「歌穂さんも、描いてみる?」

「いえ、私は、見ているだけでいいです」

「そう? やってみると楽しいわよ。男のことなんて、忘れちゃうくらい」

「エ?」

「あはは……ごめん、余計な一言です」


目を閉じると、眠りには入れるくらい暖かい春の日だった。

目の前を同じように旅をするカップルが歩いていく。

彼は小さな地図を広げ、隣の彼女にあれこれ説明をし、

彼女はそれを嬉しそうに聞きながら、そっと腕を組んだ。

黙ってみているのは申し訳ない気がして、私は目をそらす。


「花は咲いて、実をつけて枯れて、また花を咲かせる」


響子さんのつぶやきに、私は首を横に向けた。

小さい黄色い花が、スケッチブックの上で濃淡をつけながら、どんどん量を増していく。


「これで終わりじゃないわよ、私達はまだまだ『恋』が出来る」

「『恋』……ですか」

「そうよ、私だってこれから『恋』をするつもりなんだから。
年下の歌穂さんが下を向くのは、どうかと思うわよ」


私は『すみません』と謝り、大丈夫ですよと顔を上げた。

素敵な時間を過ごして欲しいと願った圭のためにも、

私が下を向いてばかりではいられない。


「自分が、あれだけ素直でいられるとは思わなかったんです」

「素直?」

「はい。私はいつのまにか、構えて生活することが当たり前になっていて、
それを苦しいとか嫌だとか考える余裕もなかったんですけど……」

「構える?」

「響子さんには話していなかったですよね」

「話? 何、何、何でも聞くわよ」


何でも聞いてくれる人。そう、確かに響子さんはそんな人だ。


「私の父親は大学教授なんですが、長い間外に愛人がいて家には戻ってこないんです。
母もそれを知っているのに、父を責めることもなく、ただ現状を受け入れて、
形だけしかない夫婦生活に、こだわり続けています」


暖かい陽射しと、心地よい菜の花の黄色が、私の心を素直にしてくれた。

父を失っていることが、寂しいなどと思われたくなくて、

意地を張りながら生きていること、私に頼ってくる母に対し強く出ているうちに、

実家で生活することがが息苦しくなったこと、

家族がバラバラになったことをただ話した。


「大嫌いだと思っているのに、心の中では違うんです。
父が私を愛してくれていた日々の記憶に、救いを求めて、私……
あのマンションの部屋を借りました」


父が私と手をつなぎ、一緒に見てくれた『花火大会』。

あの1年に1度の日だけ、幸せだった頃を、思い出すことが出来るから。


「そう……それで借りたんだ、あの部屋」

「はい」


響子さんは私の話を聞きながら、今度は緑の色鉛筆を取り出し、

菜の花の黄色に、色を足していく。


「圭もあの『竹原川花火大会』に思い出があって、あの部屋を借りたんだと、
そう言って……」

「うん……」

「その思いがあったからなのか、なぜか彼の前では構えなかったんです。
ううん、最初は同じように構えていたけれど、
いえ、6つ年上だということにこだわっていつも以上に構えていたけれど、
いつのまにかそれがなくなっていて、どんどん自分が素直になっていくというか……」



『あなたに惹かれています』

『あなたが好きなんです』



ストレートに気持ちをぶつけてくる圭に、私はどうしようもない殻をやぶってもらった。

人を好きだと思うことも、そばにいたいと思うことも、

大切なことなんだって……



心の全てを、動かしてもらった。



「無理に気持ちを動かそうとしなくても、人はだんだん変わっていくものだと思うよ」

「……はい」

「時には、思い出に浸るのも悪くない」

「はい」

「歌穂さんが、思ったとおりに過ごせば、きっとまた、何かが見つかるって」


響子さんの言葉に、私は無言のまま頷き、暖かい太陽の光りに、

ぬくもりをもらった。




【18-4】

流れていく季節と、残り続ける彼への思い。
いつの日も、『思い出』は歌穂の心を支配し続ける……
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