19 摩擦を呼ぶ女 【19-2】

【19-2】

カレンダーが7月に入った日。

私は、川の向こう側に出来たドラッグストアに向かおうと、橋を渡った。

いつも行く店ではなかったが、ぶらりと歩いてみたい気分だった。



『弁護士との見合い』



実家に戻ったとき、突然出てきた話は、父が母に写真を渡し、

私に薦めるように仕組んでいたことだった。

坂口弥生から、お金を借りようとしていたことも知り、

それこそ『そんな人』とは別れるように、仕向けたつもりなのだろう。

あの日、あまりの怒りに部屋へ閉じこもった私の後を母が追いかけてきて、

扉の向こうで、何度も『ごめんなさい』と謝っていた。



『ごめんね、歌穂』



幼い頃から、こんな言葉は、何度も聞いた。

私が父に愛人がいることを知り、母に別れを薦めたときにも、こう言われたし、

実家からマンションへ移る日にも、母は私の背中に向かって謝った。

母が、本気になって娘の私を心配してくれていたのなら、

お見合い写真だって見ることくらいはしたけれど、そんなことは何もなくて、

あの人は、ただ『受け入れる』ことだけしか出来ないのだと、

あらためて思い知らされる。

ドラッグストアで化粧品とティッシュペーパーを買い、道に戻ると、

『鳩山鉄工所』の看板を電信柱に見つける。



『圭の思い出の場所』



住所を見ると、ここからたいした距離はなさそうだった。

昔、祖父母が経営し、この工場の2階から『花火大会』を見ていたという話は、

圭があの部屋を借りる一番の理由だった。

圭がいないことはわかっている。

それでも、今、どこかで彼のかけらを感じられる場所に、行ってみたくなった。

道を進むと、ガタガタという工場の音がだんだんと大きくなり、

チラリと覗いた中では、2人の男性が動いていた。


そういえば今日は土曜日。仕事は休みなのかもしれない。

工場の横にある小さな道を歩き、川沿いへ出る。

左の方に、私が暮らすマンションが見えた。

バタバタという音がして上を向くと、工場の上に出ているベランダで、

奥さんらしき人が、洗濯ものを干し始める。

圭が幼い頃、花火大会を見たと言うのは、あのベランダだろうか。

私がじっと見ていると、シャツのしわを伸ばしていた奥さんが、

軽く頭を下げてくれた。


「どこかに行かれるおつもりですか? 道、わからないとか……」


手に荷物を持ち、川沿いで立っていた私が、道に迷ったのだと思ったようで、

奥さんは上からそう尋ねてくれた。

私は手を振り、迷っていたわけではないのだと説明する。


「そうですか……」

「すみません、こんなところに立ち止まって」


あまりここに立っている人はいないだろう。

私はあらためて頭を下げ、川沿いの道を元の場所に戻っていく。

工場の窓から中が少しだけ見えて、その壁に圭のポスターを見つけた。



『Rioni』のポスター。



この場所で、『Rioni』の何かを作っているとはとても思えず、

もしかしたら、この工場の人たちと圭に、

何かつながりがあるのではないだろうかと思えてしまう。

私の足は工場の中に向かおうとするが、その歩みは数歩で止まった。


今さら、圭のことを聞いて何になるのだろう。

確かに、彼のかけらを探したくてここに来たけれど、

もし、つながりがあるのなら、そこから彼に話が届いてしまうかもしれない。

迷わせるような行動を取って、なんとか前に進み始めている思いを、

また引き戻してもどうにもならないのに。

手に持ったビニール袋を握り直し、工場に背を向ける。

数歩進んだけれど、また足が止まり、私は、結局工場で声をかけていた。


「はい」

「すみません、あの……少しうかがってもいいですか?」

「はい」


工場にいたのは、白髪の男性だった。

帽子は薄汚れていて、職人さんだと言うことがすぐにわかる。


「あの……この場所は、以前、別の方が経営されていましたよね。
えっと……梶本さんという」

「はい」


そうなのかと思うだけで、私は言葉が出なくなった。

圭の祖父母が経営していたことを知り、それから何を話せばいいのだろう。

まさか、あのベランダで花火を見せてくれなどと、言えるわけもなく、

自然と無言の時間が続く。


「それが……何か……」

「いえ、あの私、以前、梶本圭さんがいた銀行に勤めていまして、
こちらのお話を、彼から聞いたことがあって、今、買い物をして歩いていたら、
そのポスターを……」

「圭ちゃんをご存知なのですか」


私に声をかけてくれたのは、洗濯物を干していた、あの女性だった。




【19-3】

季節が変わり、歌穂を取り巻く人たちも変わっていく
流れていくべきか、それともとどまるべきか……
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