20 影に追われる男 【20-4】

【20-4】

『遠距離恋愛』



謙の現実を知っていたから、だから余計に気持ちが張り詰めていた。

今日、目の前にいてくれても、明日はいないかもしれないという思いの中で、

必死に自分自身を奮い立たせ、毎日を過ごしていた。

疑いながら、それでも懸命に引き寄せようとして、

もがいて、苦しんで、求め続けた日々。



「あの頃、あなたの安らぎになれなかったのに?」



私は、謙を受け止め切れていなかったのに、今はそれが出来ると言うのだろうか。

結局は、私ではない人を選んだ過去。


「あの頃と、今は違う」


そうだろうか。確かに年はとったし、互いに色々な経験をしたけれど、

私たちは何か変わっただろうか。


「……美味しい」


私は答えとなる言葉が見つからず、

スプーンで杏仁豆腐をすくい、それを口に入れた。





会計を済ませ、店を出た。

問いかけられた答えを出せないまま、私は一歩ずつ前に進む。

謙の足音が聞こえ、腕をつかまれるとそのまま脇の道へと押し込まれた。


「何……」


振り返ったとき、彼の手が私の顔に触れ、そのまま唇が重なった。

懐かしいキスの感触が、一気に体中を駆け巡っていく。


「……わかってくれ」


さらに触れようとした彼のぬくもりから、私は目をそらし、そのまま腕を外した。

横にある扉を強引に開くと、階段側から吹き込む風が、二人の間を通り抜けていく。

一瞬で上がった互いの体温を、下げなければ……


「こっちは……外みたいよ」


私はそうごまかすと、謙の横を抜け、店が並ぶ道へと戻る。

ときめきと、苛立ちを繰り返していたあの時が蘇るようで、ただ、怖くなった。


急に積極的になった謙の態度に、とても気持ちがついていかなくなる。

あの頃に戻る、でも、それだけの思いが自分の中にわき起こらない。


濁したままの私は、謙がどこにいるのかなど気にしないようにしながら、

駅へと歩き続けた。





『わかってくれ』





謙は『離婚』した。

奥さんは私との仲を疑ったが、それは違うということは認めてもらえているだろう。

私のそばにいてくれた圭も、今はきっと、仕事を頑張っている。

謙が口にした『安らぎ』という言葉に、それが特別なものだということは理解できた。

一緒の職場で仕事をしながら、そして、少しだけ距離を保ち見ている中で、

あれだけ気を張って彼が生きているのだと知り、気持ちが揺れたことは間違いない。



今の謙なら、もう、私を置いていなくなることもない……



……はず



電車の揺れに身を任せ、地下鉄の中で窓ガラスに映る自分を見る。

左手にはめた腕時計。



『歌穂に素敵な時間が流れますように』



私が、謙への思いを残していると、圭が本当に思っていたのなら、

いずれはこうなっていくのだと、考えていただろうか。



『待っていて』



言ってくれると思っていた言葉が出なかったのは、こういう意味なのだろうか。

私は謙の代わりに、圭を愛したわけではない。

今でもそう思っているけれど……



でも……



閉じ込めていた思いは、気付かないまま、胸の奥で火を燃やし続けていたのだろうか。




圭は……

私をどう思っていたのだろう。






私は唇に残された謙の思いを感じながら、揺れる電車の中にいた。




【20-5】

歌穂は時を振り返りながら、今を見つめることに。
揺れる心の行き先は……
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