21 弱さを知る女 【21-2】

【21-2】

「熊沢課長、ちょっといいかな」

「あ……はい」

「資料にいくつか問題があるように、思えるけれど」

「いえ、これだけですが」

「これだけ? それはおかしいな。
融資をする時には、揃えなければならない書類が決まっているだろう」

「はい。しかし、これは支店長経由です」

「支店長経由? 有働支店長か……」

「……はい」


聞こうとしているわけではないのに、会話が耳に届いた。

吉野副支店長は、熊沢課長に、書類の不足を訴えている。

うちが抱えている融資で、基本から外れているケースは数件あるが、

私の脳裏には、あの『株式会社 キョウグル』のことが浮かび上がる。


「資料を全て出してくれ」

「全て……ですか」

「あぁ、2月に監査が入るという噂が広まっている。
特殊案件になっている融資先でいい。どういう経緯になっているのか、
私も副支店長として知るべきだろうからね」

「いえ、あの……支店長経由になっているものは、支店長の許可を得てからではないと」

「許可? 支店長個人がお金を貸しているわけではないだろう。
あくまでも『東日本成和』がお金を融資しているんだ。誰がどこで見ても、
問題があるようなことではないはずだ」

「はぁ……」

「許可なら私が支店長に取る。ほら、すぐに集めて」


吉野副支店長は、謙がいない時間を狙って、こうして指示を出している。

明らかに何かが動いているという、気配だけは感じ取れた。





窓口で、顧客相手をしている頃に比べて、

ある時期になると、急に忙しさを増すのが融資の仕事だった。

秋には土地だけだった工場跡地の住宅も、どんどんと形が揃い、

融資を取り付けた人たちが、ほぼ出揃った。

引越しはこれから始まり、3月にピークを迎えるだろう。

静かになった1階とは違い、2階は、今日も残業がいくつか残っている。

コーヒーを1杯だけ飲み、最後の追い込みをしようと休憩室に座っていると、

誰かの残した雑誌が目に入った。



『春 スタートダッシュ』



何気なくめくっていくと、『Rioni』の特集ページが組まれていて、

すっかりモデルの仕事が板についた、圭の姿があった。

前に見た雑誌では、ブラウンだった頭も、カチッとしたスーツ姿だからなのか、

黒髪に戻っている。『森口支店』で働いていた頃の姿を、少しだけ思い出した。


そういえば、あの寝癖は、今でも圭を悩ませているだろうか。

プロがついているのだから、どうにでもしているだろうが……


あの頃と同じような、優しい目をしているのに、この視線の中に、

私が入ることはなくなってしまった。



寂しいけれど、圭は一人で道を切り開いている。

私は……



「いやぁ……肩が凝るね」

「あ、お疲れ様です」


同じように残業をしている熊沢課長が、休憩室に姿を見せた。


「いやいや、米森さん。君こそお疲れ様」

「課長、コーヒー入れましょうか」

「あ……いいよ、飲みたければ自分で入れるからね」

「そうですか」


私は雑誌を閉じ、元の位置に戻す。

圭が仕事に慣れてきたように、私も2階の融資に異動しもうすぐ1年が経ち、

それなりの仕事をこなせるようになった。全く違う環境に戸惑うかと思ったが、

上司が熊沢課長だったおかげで、スムーズに溶け込めた気がする。


「なぁ……米森さん」

「はい」

「君は偉いな。毎日きちんと昼食を用意してきて」


熊沢課長はテレビの前で、少し肩や体を動かした。

そして首を回し、腕を回す。

私は突然、そんな意見をされた理由がわからず、黙ったままになった。


「あぁ、ごめん、ごめん。いやねぇ、今私が抱えているのは、
君くらいの女性が立ち上げたネット系の会社なのだけれど、
まぁ、融資の話をしても、鼻っ柱ばかり強くて、かわいげがないというか……」


熊沢課長は、融資を願い出た企業とのやりとりに疲れてしまったと、

おでこを叩きながら軽く笑った。


「私は古いのかもしれないが、女性が自分で作ってきたお弁当を広げている姿を見ると、
なんだかほっとしてね……。君みたいな女性を、どうして選ぶ男が出ないのか、
不思議でならないよ」


熊沢課長の口調だと、嫌味だと思えないから不思議だった。

私は『ありがとうございます』と素直にお礼をし、

自分は『かわいくない』女だったと、過去を語っていく。


「かわいくない?」

「はい。肩肘張って、強がって生きてきた……そんな気がします。
熊沢課長が会ってきた企業の方達と一緒です。自分は仕事をしている、
責められることなど何もない。ずっとそうして頑張って……」


大学を出て、とにかく周りから絶対に反対されない銀行という場所に就職した。

親から独立することを願い、あの父に半人前だと言われたくなくて、

とにかく意地を貫いた。


「今思うと、男の人から見たらきっと、かわいくなかっただろうなと。
そうなんですよ、一番かわいくないとならない時期に」


高野さんや井上さんを見ていると思うことがある。

男の人は、甘えてくれる女性が、やはり最後は好きなのだろう。

もちろん、私も最初からこうだったわけではないだろうけれど、

積み重なる出来事が、自然とそういう女に変えていたのかもしれない。


「……うーん」

「この年齢になってやっと、少しわかったのかもしれないです」


この4月、私は34になる。

世の中の女性たちからすれば、完全に『遅れてしまった』人だろう。

以前は、そんなことを言う人たちの方がおかしいと思っていたけれど、

本当は自分自身に理由があったのだと、あらためてそう考えた。


「ちょっと……な」


熊沢課長は指で『少し』を表現しながら、私の顔を見る。


「だとすると、本当にちょっとだけそうだったかもしれないな、
以前の米森さんは……」


熊沢課長は笑いながら、今はそんなことはないよとフォローしてくれた。




【21-3】

強さを押し出す人ほど、その奥底には弱さがある。
歌穂は思い出の中に、答えを探し出し……
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