21 弱さを知る女 【21-4】

【21-4】

この形のイヤリングなど、どこにでも売っているだろう。

特に珍しいものでもなければ、別に貴重なものとも思えない。

私は、支店長室に入ってしまった謙にイヤリングを戻すことなく、

その場は自分のハンカチに挟み銀行を出た。

謙が言っていたように、確かに雨の降りは強くなっていた。



地下鉄の改札を抜け、他の人たちと同じようにホームに立つ。

濡れた肩を拭こうとポケットに手を入れると、

イヤリングの感覚がハンカチからそのまま伝わった。



しばらく静かな線路を見ていたら、なぜだか急におかしくなった。

声を出すことはなかったが、肩まで震えてしまう。

そう、私の心は、もうずっと前から同じことを考えていた。

このイヤリングが見つかる前から、いや、ここで信濃さんを見たときから、

長い間、同じことを考えていた。


あの乗り換え駅は、いくつもの地下鉄が交差する。

でも、信濃さんはきっと、謙に会いに言ったとそう決めていた。

掲示板を見ながら、どこに行くのか探していたのは、慣れない場所だったから。


支店長室に直接出入りをするようになったのも、

私が知らないうちに、来年の契約が決まりかけているのも、

そして、イヤリングを落とした彼女が、どこか嬉しそうに笑ったのも、



全て、同じ思いの中にある。



私はホームに入ってきた電車に乗ることなく、そのまま改札を出ると、

まだ、行内にいるはずの謙に会うために、『森口支店』へ戻ることにした。





セキュリティーを解除し、そのまま階段を上がる。

時間にすれば10分程度、あの雰囲気なら、まだ行内にいるだろう。

支店長室の前に立ち、何度かノックをすると、

返事が戻る前に、謙本人が扉を開けてくれた。


「……どうした。帰ったのかと思っていたよ」

「一度支店を出たのだけれど、持って帰るのもおかしいと思ったので」

「持って帰る?」


私はポケットからハンカチを取り出し、あのイヤリングを見せた。

謙はちらっと見た後、すぐに眉を動かした。

どういうものなのか、一瞬で判断したと言うことだろう。


「階段であなたがハンカチを出した時、これが落ちたの。
すぐに拾ったけれど、その場でスッと返せなかった」


そう、拾った瞬間に、わかってしまったから。


「これと同じイヤリングをしていて、片方を無くしたと言っていた人に、
今日会ったから……」


謙は私の背中を軽く押し、支店長室の中へ入れた。

私の手からイヤリングを取ると、それをすぐにゴミ箱へと捨てる。


「どうしてこういうことをするのか……」

「勝手に捨てて……」

「向こうも別に、戻して欲しいと思ってはいない」


妙な繕いをしても、それが逆効果になると考えたのだろう。

謙はあっさりと信濃さんと会っていたことを認め、それには事情があると、

そう言い切った。


「粕谷が動いている。君もわかっているだろう。
吉野副支店長が、『株式会社 キョウグル』のことを、あれこれ探っているって」

「薄々はね、でも……」

「知りたい情報を彼女が持っていた。彼女が知りたい情報を僕が持っていた。
互いに利益があると判断した。ただ、それだけだ」


二人で会ったこと、食事をしたこと、謙はそれもビジネスの中の一コマだと、

そうあっさり言い切り、私のことを見た。

これ以上、何かを聞くのかと、無言で語りかける。



聞けば答えるのだろうか。

この、信濃さんが忍ばせた、イヤリングの意味を。



「ビジネス?」

「あぁ……」


謙の言葉には、迷いがなかった。

彼にしてみたら、信濃さんとの個人的な時間は、本当に『ひとこま』なのかもしれない。

でも、信濃さんの思いはきっと『ひとこま』ではない。


「歌穂が納得出来ないのなら、いくらでも話すよ。
妙な考えを持たれるのは、僕の思いとは別になる」

「そんなこと、必要ないわ」


私は、謙に謝罪をしてほしいわけではない。

私には、その権利もない。

ただ、私が感じたことを、話に来ただけ。


「でも、歌穂は勘違いしているだろう。僕が彼女と……」

「勘違い……ではないと思う」

「どういう意味だ」


おもしろいくらい、心が落ちついていた。

『東日本成和銀行』が立ちあがり、謙が副支店長として目の前に現れてから、

心の中にあり続けた思いが、滑らかに感じられる。


「私の家族の話って、あなたに言ったことがなかったでしょ」


そう、私は自分の家族のことを、謙に語ったことがなかった。

あの当時は、互いに向き合うことだけで精一杯だったし、家族のことなど、

何も関係がないとそう思っていたから。


「あぁ、聞いたことはないと思う」

「そうよね……」


立っているのも疲れそうなので、私は目の前のソファーに腰を下ろし、

謙もそれに合わせて、横に座った.




【21-5】

強さを押し出す人ほど、その奥底には弱さがある。
歌穂は思い出の中に、答えを探し出し……
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