21 弱さを知る女 【21-5】

【21-5】

「私の父は、『神南大の教授』なの。米森源太郎。
心理学では、結構名前が知られた存在らしいけれど、
とうの本人は、一番大事にしないとならない家族の気持ちも、全く考えられない自由人」

「自由人?」

「そう……自分の仕事と、自分の感情に向き合うことは出来るけれど、
『家族』という存在の思いは理解出来ない人なの。
外に愛人を作って、その人と母のいる家を、行ったり来たりしている。
世間的に必要な場所には当たり前のように母を連れて歩いて、
困ったことは経済力のある愛人に頼り、どちらの愛も失いたくないの」


坂口弥生を愛しているのなら、母と離婚すればいいのに、それもしない。

家族を少しでも思うのなら、愛人など切り捨てるべきなのに、それもしない。


「私はそんな父を見ながら、ずっと育ってきた。
身勝手な父も嫌だし、それを知りながら騙され続ける母も嫌で、
社会人になれたら、家を出て行くことしか考えていなかった。
避けたくて、逃げたい存在なのに、でも、実際は違っていて……」


そう、逃げているくせに、それだけではない自分がいる。


「あのマンション……覚えているでしょ。私が住んでいる場所」

「あぁ……」

「あの場所からは、『竹原川花火大会』が見られるの。
私が、大嫌いな父を好きだった、小さい頃の思い出を呼び起こせるから、
だからずっと借り続けている。大嫌いだと言いながらも、父を好きだった頃の記憶を、
忘れたくないのだと思う」


もう戻らないことはわかっているのに、それでもあの場所を離れられないのは、

どこかで父が変わってくれることを、いや、戻ってくれることを期待しているから。


「あなたが、『東日本成和』の副支店長として目の前に戻って来た時、
鳥肌が立つくらい嫌だと思ったし、気持ちが乱れた。
人のことを捨てていった男と憎んで、叩きたい反面、
また、どこかで寄り添いそうになる自分が嫌で……」


深く、優しい声に、何度気持ちを揺さぶられただろう。

わかっているのに、引き込まれてしまいそうになった。


「あなたと会うと、私はいつも構えていないとならなくて。
それは、緊張していないと、強がっていないと、どこかで忘れられるような、
そんな感覚があったからだと思う。押したり引いたりしながら、
互いの気持ちを探り合って……引き寄せようとして……」


遠距離恋愛の彼女に勝ちたかったあの頃も、そして今も、

謙との時間は、楽しくもあったけれど、苦しくもあった。

一番心を休めたい時間が、一番張り詰められていて……


「そんな尖りきっていた私の前に、圭が現れた。6つも年下のくせに、
思いはストレートだし、全然気取らないし、子供のように頬を膨らませて怒って……
時には優しくて……でも……」



『あなたに惹かれています』



「圭といると、私は別の人格でも持っているのかと思えるくらい、楽だった。
あくびをしても、転んでも、彼はきっと笑っていて、私を許してくれるような、
そんな心地よさは、もうずっと……味わっていなかったから」


家族といても安らげる場所などなく、愛した人には裏切られて、

傷つくものかと必死に鎧をつけていた。あの頃の私は、彼の優しさと素直さに、

自然と氷を溶かし、トゲを抜いていた。

謙は何も言うことなく、ただ前を向いている。


「本命が自由になるまでの相手にしていたのかと、
この間、鴫原有紀が来たとき言われたわ。彼女は圭がそう言ったって、話したけど……」


本命……圭は、私の気持ちがどこかで謙に捕らえられているままだと、

そう思っていたのだろうか。


「どうしてそんなひどいことを言うのと思ったし、
圭は絶対にそんなことは言わないって、言い返したかったけれど、
でも……私自身、それを否定し切れなかった。大嫌いだと思いながらも、
父のことを常に考えてしまうように、謙への思いも、圭への気持ちとは別の部分で、
ずっとしまいこまれているのかもしれないって……」


圭を好きになったとき、謙にはまだ、形だけでも奥さんがいた。


「圭と別れることになって、謙が自由になって……
自分の気持ちがどう動くのかと、それなりに考えてみた。
そうしたらね……あなたの奥さんのことを考えたの」

「理央のことを? なぜ……」

「なぜ? それはきっと、
私が奥さんと、一緒なのではないかと、思うようになったから」

「どういう意味だ」

「あなたとの未来を選んでも、私はあなたを信じ切れない」


私は母のように、知りながら騙されて生きるふてぶてしさも、

坂口弥生のように、強引に自分のテリトリーに連れ込むような強さも、

持ち合わせてはいない。

結局、中途半端な状態に苦しみ続け、ため息をつくばかりになる。

『自分が相手の100%』になれない悔しさに、心をすり減らす。


「信濃さんとのことは、歌穂の思い違いだ。
何度も言っているように、今の自分に必要だから会った、それだけだ。
そこに愛情など存在しない」

「謙……」

「今、ここで粕谷に負けるわけにはいかない。だから……
あの時君を選ばなかったのも……」


私を選ばなかった理由……


「僕なりの思いがあった……」


これだけ訴えかけてくる謙を見るのは、初めてかもしれない。

駆け引きではなくて、謙が心のそこから叫んでいるような、そんな気がする。




それでも、私の心は動かない。




「あなたの、そんな一生懸命な姿を、あの時に見ていたのなら、
違っていたかもしれない……」

「歌穂……」

「信濃さんが、あなたの使う乗り換え駅で降りていったのを見たことがあるの。
別にただそれだけなのに、私は、きっとあなたのところへ行くのだろうと、
そう思っていた」

「……ちょっと待て」

「結婚したのに、あなたを信じ切れなくて、疑い続けて、
結局別れてしまった奥さんと、私は同じ思いをすることになる。
これ以上近付いたら、またあの頃のように時を重ねたら、
今度はきっと……あなたを憎むだけになるから、だから……」


謙の腕が私の背中に回り、強く抱きしめられた。

信濃さんとのことは、本当に違うのかもしれない。




でも、謙は父と同じ。




「あなたは、私の父に似ている。『自分を何よりも愛する人』なのよ」

「歌穂……」

「だから……私は、あなたと寄り添えない」


謙の腕を自分から外し、その場で立ち上がる。

ずっと捨てきれなかった思いは、今、この場所においていく。


「梶本が、戻ると思っているのか」

「……圭は関係ない」

「いや、君は梶本が戻ると思っている。だから、そう言えるんだ」

「私は……」

「あいつは僕の前で、君の気持ちの中に、僕への思いがあることを認めていた」

「圭が?」

「君の心の中に、僕への思いが押し込まれている気がするって……」


圭……


「今は、信濃さんのイヤリングが出てきて、歌穂の気持ちが乱れているだけだろう。
冷静になれと言っても、君を違った方向に導くだけだ。もう、梶本は戻らない。
僕もあの頃とは違う。君と歩みたいと思う気持ちに、ウソはない」


私は、謙の顔を見ることなく、扉を開け、支店長室を出た。

押し込んでいた謙への思い。確かになかったとは言えないかもしれない。

圭はそれに気付いたまま、ずっと気付かないふりをしていたのだろうか。



雨は降り続いていたが、傘をさす気持ちにはなれずに、

私は部屋までの道を、歩き続けた。




【21-6】

強さを押し出す人ほど、その奥底には弱さがある。
歌穂は思い出の中に、答えを探し出し……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

あっという間に追いつき、毎晩楽しみに読んでいます♪
前回のコメントの時には、お気楽に圭がお気に入りだとルンルンでしたが、
忘れておりました。

ルンルンなまま終わるはずがないということを。。
そんなことをももんたさんが許すはずがないということを。。
ももんたさんが突きつける苦難に私が乗り越えられそうになく、
途中でへたれになりそうでしたが、私がんばりました!

歌穂と一緒に強くなります!

私が思うような結末になりますように。。

それにしても、謙は今辛いでしょうねえ~
自信家さんだけに。。

ラストまで

れいもんさん、こんばんは
昨日は、眠気に勝てず、寝てしまいました(笑)

>あっという間に追いつき、毎晩楽しみに読んでいます♪

うわぁ、ありがとうございます。
短めでも、リズムよく読めるようにと、このやり方で連載を続けていますので、追いつくのは大変だったのではないですか?

>途中でへたれになりそうでしたが、私がんばりました!

すみません、ルンルンのままゴール! とならずに、
歌穂には、色々と悩んでもらっています。
彼女の心の移り変わりや、二人の男との関わり、
成長が軸になっていますので、一緒に最後までおつきあいください。