23 星に願う女 【23-2】

【23-2】

「試しているの? 私を」

「試す? そうじゃない」

「どうして……試しているでしょ。どうせ歌穂はそんなことをしない。
また、いつものように、自分を裏切るわけがないって、あなたはいつも……」


私の心を見透かすように、絶対の自信を持ち、いつもぶつかってきた。


「いや、違う。今日は全てを語るとそう言った」



『全て』とは……何?



「全てって……あなたを売ることになるのよ。こうして二人で会って、
話を聞きました。粕谷部長に渡しますって……」

「粕谷は最初に、僕とうまくいかなくなっていた理央に目をつけた。
その中で、君との関係にも気付いた。当時、個人的な付き合いがあった以上、
色々と裏を知っているとそう思っている。君が知らないと突っぱねても、
あいつが動けば、僕と一緒に隠していると、そう罪をなすり付けられかねない」


謙は、粕谷部長が、奥さんから関係を聞きだし、迫ってくるのだとそう言った。

何やら探るような口調で話してきたのは、そういう意味があった。


「私は、何も知らない」

「あぁ、君には何も話をしていなかった。同じ銀行に勤め、
自分が何をしているのか語れば、君の性格上、おそらく否定されるか、
止められるだろうとそう思ったからだ。どうしようかと悩んだあげくに、
僕は君から離れることを選んだ。銀行という組織に全く縁のない理央を、
妻にすると決めた」


私の前から突然消えたのは、こういったことが動いているからだと、

初めて聞かされた。

確かに、企業が引き抜かれていくのを黙ってみていたのだと知れば、

そんな危ないことは辞めて欲しいと、おそらく言っていただろう。

ハイリターンを望めば、ハイリスクも覚悟しなければならない。


「本当に、あなたがしたことなの?」

「……とは?」

「銀行という組織は、個人が簡単に動けるようなものではないでしょ」


私だって組織の中にいる身だ。いくら謙が仕事の出来る人だとはいえ、

これだけのことを、たった一人でこなしたとは思えない。


「まぁ、色々とね」

「上からの指示でしょ。漆原さんという人と、
うちの上の人間だってつながりがあるわけじゃない」

「あぁ……」


謙はそういうと、持っていたファイルを目の前に並べた。

そこには、現在の『成和銀行』で、

トップの地位を占めているメンバーが、サインした書類が入っている。


「僕が『成和』に移ったのは、確かに漆原部長が導いてくれたことだけれど、
実際に企業を動かしたのは、僕ではない。
同じく『はやぶさ証券』で力を持っていた人が、
『成和』で新しい事業を展開するに当たり、必要な企業を引き抜いただけだ。
ただ、銀行員ではない人が、裏で動くのは何かがバレてしまったときに影響が大きい。
それで、僕が動かしたことになっている」


謙は、自分が表に立ち、企業を動かしたのだとそう言った。

当時、『成和銀行』のトップにいた人たちは、

『株式会社 キョウグル』の役員名簿に、数名が名前を並べている。

そして、『TNサポート』からも、派遣社員が数名入っていた。

信濃さんとの関わりも、おそらくこのあたりから来ているものだろう。


「粕谷だって、上が動いていることは知っているよ。
だから、そこを追求しようとしているわけじゃない。
あくまでも、ターゲットは僕だけだ。ここにある書類は、
本当に一部分の人間しか知らない。
表面上は全て、『東日本 神波支店』にいた有働謙が、
自分のために動いたこと……そうなっている」

「上の人たちは、粕谷部長があなたを追い込もうとしていることに、
何も気付いていないの?」

「気付いているだろう」

「それなら……」


それならば、自分の手足になって動いた部下を、窮地に追い込むようなことを、

するとは思えない。


「もう2ヶ月以上も前から、上にその話はしているけれど、
今日までハッキリした返答はない。ここで僕を切った方が得なのか、
それとも残して出世させた方が得なのか、紙の上でコマでも動かしながら、
考えている最中だろう」


謙は、自分が必要な人材なら組織の中心部分に残れるが、

そうではないと判断されたら、支店長どまりになるだろうと口元をゆるめた。


「歌穂……」

「何?」

「君に言われたよね。僕は『自分を何よりも愛する人』だと」


そうだった。信濃さんとのことがあり、私は謙に思いを告白した。

あれだけ自由にされても、心から捨てきれない父のこと。

謙に感じる思いも、同じ場所にあるのではないかと気付いた日。

目を私に向けてくれても、言葉で『愛している』とささやいてくれても、

信じ切れない。


「あのときには、信濃さんとのことを考えた歌穂が、
僕に対して強く出てきただけだろうとそう思っていた。
『自分を愛する』ことを否定される意味も、理解できないとそう考えた。
でも、今は違う」


謙と話をしていて、構えないのは初めてかもしれない。

ただ心のままに、出される言葉を受け止めていく。


「あの時、理央を選んだのも、君を選ばなかったのも、
結局は自分のことを何よりも先に考えたからだ。僕のやりたいことを邪魔しない人、
そういう捉え方しかしていなかった。そしてまた……僕は身を守るために、
信濃さんと会った。君はまた、僕が裏切ったと、そう思ったはずだ」


謙は、『ICレコーダー』を、さらに私の前へ押し出した。


「粕谷に渡せ、気にすることはない」

「でも……」

「どっちにしても、相手は気付いている。
この証拠がなくても、僕に運がなければ、追い込まれるのはわかっているんだ」

「必要ない、私は知らなかったのだから、それでいい」

「そういうわけにはいかない。どうにかしてけりをつけないと、
君はこれからもずっと、粕谷にあれこれ探られることになる」


謙のしたことが正しいとは思えないけれど、

粕谷部長に証拠として提出する気持ちなど、私にはない。


「探りたければ、探ればいい」

「歌穂……」

「あの頃の思いを……私は自分の思いを汚されたくないの。私は……」


正しかったのかどうかはわからない。それでも、私は真剣に謙を愛してきた。



「私は……あなたを真剣に愛してきたから……」



その思い出を売るようなことは、絶対にしない。





しばらく、どちらも無言だった。

視線の先に見た謙の顔が、少しずつ変化を見せていく。


「どうして笑うの?」

「笑っているわけではないよ。
ただ、君を選んでいたなら、どんな日々だったのかと、そう思っただけだ」


『神波支店』当時。

奥さんではなく、私を選んでいたなら……

私もまた、違った生き方をしていただろうか。


「危ない橋ばかり渡っていることに気付いて、きっとケンカして別れていたわ」


考えても仕方がない。過去は、どうやっても取り戻せない。

選ばなかった道を悔やんでも、時間は戻ってこないのだ。

私は、圭からもらった腕時計を見る。


「そうだな……」


謙はそう言いながら何度も頷いていく。

それからしばらくして、食事を運んでくれるようにと店側に指示を出した。




【23-3】

知っていくほどに、結局あなたに会いたくて……
歌穂が見上げた空には、一瞬の星が瞬く
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