24 一人の女と二人の男 【24-5】

【24-5】
週末の休みを終え、仕事に戻る。

担当している融資の引き落としが行われているのかどうか、

画面上で一つずつチェックする。


「米森さん」

「はい」

「支店長が……」


『森口支店』に来て以来、張り切って仕事をしていた吉野副支店長は。

粕谷部長の件があり、その後、ずいぶんトーンを下げてしまった。

9月に呼ばれた意味を、ふと考える。


「わかりました」


席を立ち、ほぼまっすぐ前にある支店長室へ向かい、扉を叩く。

中から『どうぞ』という謙の声が聞こえ、私は『失礼します』と挨拶をして、

中に入った。


「おはようございます、何か……」


謙は無言のままファイルを出すと、テーブルの上に置いた。

私はそれには触れずに、次の言葉を待つ。


「秋の人事異動で、君が『グリーンファイナンス』に出向することになるかもしれない」


『グリーンファイナンス』

成和が出資している子会社。

経営状態もしっかりしているし、企業としては問題ないところだが、

『キャリア研修』をした私が、わざわざ行く先ではない。

格下げとも言えるこの人事は、おそらく先日粕谷部長に、

余計なことをした件が絡んでいるのだろう。


「まだ、正式ではないから。僕がなんとかする」

「……結構です」

「歌穂」

「それが『東日本成和銀行』の私への評価だと言うのでしたら、お受けします」


『東日本銀行』に入行し、今まで特に大きな問題などなく仕事をしてきた。

確かに、年齢は重なり、給料もそれなりに上がっただけ、

煙たい存在だったかもしれない。

それでも、私は人に後ろ指をさされるようなことは、一度もしたことがない。


「粕谷のやつ……最後まで……」

「いいじゃないですか、あんな人が上司としてのさばっていたら、
『東日本成和銀行』は、いい銀行にならないことがハッキリわかったのですから」


そう、あの人は昔から何も変わっていなかった。

目の前のことしかわからず、未来などかけらも見えやしない。


「しかし……この人事は、先日の君の行動が絡んでいることは間違いない。
本来なら、『キャリア研修』を積んだのだから、
他支店のチーフや主任クラスになるのが……」



粕谷部長、組織の核にもならない私にまで、必死に戦ってくるなんて。



「とにかく、この1ヶ月は静かにしていてほしい。
吉野がまた何かを言うかもしれないが、腹を立てたり、言い返したりするな」

「……支店長」


謙は何も答えずに、投げ出したファイルを手に取っていく。


「……してん……」

「支店長と呼ばないでくれ!」


どんなことにも動じない謙が、私の前で、唇をかみ締めている。

自分を追い込もうとした粕谷部長を、追い払えたのは成功なのだろうが、

私たちの過去のことを知った相手に、最後の抵抗をされたのだ。

完璧を求める彼としては、苦しいところだろう。



自分のために、私が犠牲になったような、この状態は。



「『はやぶさ証券』のことも、理央とのことも、歌穂には関係のないことだった。
それなのに、こうして結果的に君を巻き込んで……」


数年前、奥さんと私との間に挟まれた謙は、躊躇なく私を切り捨てていった。

あの頃は、こんなふうに気持ちは痛まなかったのだろうか。


「とにかく、君を傷つけるようなことには……」

「あなたに傷つけられることなんて、もう慣れてますから」

「歌穂」

「大丈夫です、どんな異動でも受け入れます。
むしろ、自分が正しかったのだと、誇れる気がしますので」


そう、『グリーンファイナンス』に行くのなら、それもいい。

地下鉄の路線が変わるだけで、通勤時間はそう変わらない。

お給料は下がるかもしれないけれど、その分自由な時間も増えるかもしれない。

『DIY』をする時間も、圭のために食事を作る時間も、

もっと取ることが出来るかもしれない。


「お話は、それだけですか」


謙は、私の顔を見ながら、小さく頷いた。

私はそれでは仕事に戻りますと、頭を下げる。


「歌穂……」

「はい」

「もう、君にしてやれることは僕にはないと……そう言いたいのか」


『米森歌穂』として、『有働謙』にしてほしいことは、確かにないかもしれない。

でも……


「謙……」


あなたをこう呼ぶのは、最後になるだろう。


「以前、話をしたはずだけれど」

「話?」

「そう。合併したこの『東日本成和銀行』を、素敵な銀行にしてほしいって……」


そう、お客様の立場になり、幸せを導けるような……


「あなたになら、それが出来ると思うから」




だから私は、あなたを選んだのだから。




扉を開き、支店長室を出る。

息を大きく吐き出すと、背を向けたまま、扉を閉めた。




【24-6】

歌穂の見つけた幸せの空は、曇りも晴れも雨もあり
たどりついた『恋』のお話は、まだまだこれからも続く……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

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育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
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