1 白い子犬 【1-4】

【1-4】

その間に、僕はエンジン部分の確認を終え、軽くオイルをさしておく。

気になる箇所があったので、話そうとしたが、

拓はこちらの話を聞く気持ちはないらしい。

僕が立っていることもわかっているだろうに、視線は別の方を向いたままだ。


「いいよ、迎えに行くからさ……なんでだよ、遠慮するなよ」


今日は時間もないだろうし、とりあえずこれでいいだろうが、

タイヤの減りを見ると、近いうちに交換をした方がよさそうだ。

特に高速を走る車だから、用心しておかないと。

スピードを出した状態でトラブルを起こせば、その分、事故も大きくなってしまう。


「それなら明日で……うん……」


最初の明るそうな声が、最後は沈んだものに変わった。

拓が電話を切ったことを確認し、僕は書類を差し出した。

タイヤが少し傷んでいるので、近いうちに変えた方がいいと話してみる。

拓は、僕が記入した書類を奪い取ると、簡単に目を通し、すぐに戻してきた。


「こんなもの書きやがって。修理の依頼をしたわけではないだろう。
頼んでもいないし必要ない。一人前ぶるな。お前に指図されたくないんだ」

「指図ではないよ、ただ……」

「ただ、なんだ」

「車は、用心すぎるくらいでちょうどいいと思うから」


『事故』という予想外の出来事で、知り合いが不幸になるのは見たくない。


「歩」

「何」

「親父にだけ気をつかっておけ。俺に何を言っても、お前のプラスにならないぞ」

「プラス?」

「あぁ、親父が気にかけているから、工場だって、お前だって生活しているんだろ。
車のことなんて俺には関係ないから。何かあるのなら、会社に言え。面倒なだけだ」


拓は虫の居所が悪かったのか、

目障りだと言いながら、『白チビ』の入っていたダンボールを蹴飛ばした。


「何をするんだ」

「邪魔だろうが、こんなところに置いて。こっちは走り出すのに」

「適当なことを言うな。どこが邪魔になる」

「目に入るだけでイライラするものってあるだろうが。お前と同じだ」


僕は形が崩れたダンボールを直そうとしたが、水入れから水が出てしまい、

中はすでに濡れていた。突然、災難を振りかけられた『白チビ』は、

濡れた自分の足を舐めている。


「お前もあの犬と一緒だ。誰かにすがらなくちゃ生きていけないのだろ。
せいぜい、これからも援助してもらえるように、親父に尻尾でも振っておけばいい」

「拓!」

「どいてくれ、目障りだと言っている」


拓はスーツをつかんだ僕の手を払うと、そのまま車に乗り込んだ。

エンジンをふかし、大きな音を立てて工場を出て行ってしまう。

その音と匂いがしなくなってから、『白チビ』を抱えた奥さんが顔を出してくれた。


「全くもう、いつにも増してカリカリしていたね。
今日は相当虫の居所が悪かったんだ」


電話の相手との交渉が、うまくいかなかったのだろうか。


「すみません、『チビ』」

「ううん……」


ダメになったダンボールの代わりになるものを探していると、

少し前に犬を見ていった兄妹と母親が顔を出した。

僕は、もしかしたらと思い、すぐに頭を下げる。


「こんにちは」

「こんにちは。こちらですか? 犬を見せたって言うのは」

「……はい」


『白チビ』の居場所が見つかったと思い一歩前に出ると、

その母親の表情は、眉間にしわのよるものに変化した。


「全く、困りますよ、そういうことをされては」

「……困る?」

「そうでしょう。この子達が家に戻ってきたら急に『犬を飼いたい』と言い出して。
聞いたら、道路に捨てられていた犬だと言うじゃないですか。
どんな環境にいたものかもわからないし、血統書もないんでしょ。
もしかしたら噛み付くかもしれないし、病気があるかもしれないし、
そんなわけのわからない犬を、うちの子供たちに触らせないでください」


予想外の言葉に、僕は何も言えなかった。

全く状況がわからない『白チビ』が、懸命に尻尾を振っていることが、

哀れに思えてくる。


「犬が飼いたければ、きちんとしたショップで購入します。
こんな薄汚れているような得体のしれない犬、結構ですから」


子供たちは沈んだ表情のまま、後ろ髪をひかれるように、母親と帰っていった。

僕の腕の中には、なぜか上機嫌の『白チビ』が残される。


「なんていい方だろうね、全く。得体のしれない犬って」

「……そんなにダメなんですかね、血統書がないと」

「歩……」

「こいつの責任じゃないのに。あの場所に捨てられたのは」


生まれてくる場所を選べるのなら、誰だって茂みの中になんていたくない。

誰だって……




親が子供を包み、笑い声の耐えない暖かい場所で、大きくなっていきたいだろう。

拓がダンボールを蹴り飛ばした姿が、頭に蘇る。



『目に入るだけでイライラするものってあるだろうが。お前と同じだ』



両親が生きてさえいてくれたら、僕はもっと違う生き方をしただろう。

森中の家から、仕事をもらわなくてもいいような、環境に立てたかもしれない。



今更言っても、何も変わらないけれど……


「悔しいな……チビ」


僕はどうしようもない思いのまま、『白チビ』をしっかりと抱きしめた。



【1-5】

『半田自動車整備』の朝は、準備体操から……
歩のお話は、ここからがスタートです。
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