1 白い子犬 【1-5】

【1-5】

「そう」

「あぁ……」


仕事を終え、『チビ』を連れて戻ると、夕食の時間に祖母と話をした。

1杯目を食べ終え、炊飯器を開ける。


「なぁ、ばあちゃん。ここから引っ越さないか」

「引っ越し?」

「うん。このあたりでも、ペットを飼えるアパートはあるらしいんだ。
無理に人に渡すようなことをしなくても、僕が飼ってやろうかなと思えてきてさ」


ほんの数日間なのに、完全に愛着が湧いていた。

野生の動物ではないため、僕がそっぽを向いたら、

『白チビ』は生きていくことが出来ない。

あの茂みから救い出したときに、僕はこいつの命を預かったのだ。

このままなし崩しにしてしまうわけにはいかない。


「歩」

「何?」

「思い切って一人暮らしをしてごらん」

「は?」


祖母の提案は、予想外のものだった。

湯飲みに入ったお茶を受け取り、どうしてそんなことを言うのか尋ねてみる。


「お前ももう、いい年齢になっただろ。急な事故で親を亡くしてから、
色々と我慢して暮らしてきたんだ。もう、自由になっていいんだよ」

「自由? 僕は自由だろ」

「ばあちゃん……また、歩の邪魔にはなりたくないんだよ」




『また……』

その言葉が、置いてきたことを思い出させた気がして、胸が痛くなる。




2年前、僕には結婚を考えた女性がいた。

夜間大学時代、時々顔を出した店で働いていた『本宮ちふみ』。

肩を寄せ合いながら、将来の話しをしたこともあったのに、

それは現実のものにならなかった。



『年寄りを抱えて……』



両親を亡くし、祖母を抱えている僕の条件が悪いと、

ちふみの母親が交際に反対だと強く出た。

ちふみ自身も、どこか甘い考えで僕とつきあっていた部分もあったらしく、

ずれはじめたネジは、元に戻ることなく、外れてしまう。


「邪魔だなんて言うなよ。そんなこと一度も思ったことはないのに」


ちふみの親が、どうして結婚を反対したのか、僕からハッキリ話してはいないが、

祖母は薄々気付いていたのだろう。


「私のことは気にしなくていいから、
歩がチビと一緒に住めるアパート、探すといいよ」


そうするよとは言えないまま、僕は食事をし続ける。

『白チビ』は満腹になったのか、部屋の隅にあった座布団の上に乗り、

幸せそうな寝顔を見せてくれた。





出社して、新聞に挟まる広告を見る。

駅前にある不動産屋。あそこなら何か物件があるだろうか。

家賃も今までくらいに抑えておきたいし、工場へ来る距離も問題だ。

部屋はどうしても2つないと、困る。


「歩、朝礼だぞ」

「はい」


僕は新しく作った場所に『白チビ』を入れ、社長の話を聞くために、靴を履いた。





その日の午後、僕は『白チビ』を連れて、近所の動物病院に向かった。

あの子供の母親に言われた中で、一つだけその通りだと思ったことがあった。

予防接種や、病気があるのかどうかを調べておくことは、

命を譲渡する以上、当たり前のことのような気がした。

僕自身が飼うのだとしても、調べておいた方がいい。


「問題ないね、健康だし虫もいないし、元気だ、元気だ」

「ありがとうございます」


僕は、お世話になった先生に、

『白チビ』の写真と、僕の携帯連絡先を貼りだしてもらえるようにお願いした。


「そうか、見つかるといいな、チビ。新しい家」


病院の看板犬である大きなゴールデンリトリバーに吠えられ、

僕は『白チビ』を抱えたまま、慌てて玄関を開けた。





次の日、午前11時。

以前から頼まれていた車を、赤石さんと手分けして点検する。

古めの車体だけれど、使い方がいいのか、ほとんど問題がない。

同じ車でも、乗り方やメンテナンスの仕方で、寿命は大きく違うものだ。

そこに、オレンジがかった黄色の小型車が入ってきた。

栗丘さんが誘導し、停止線で止まってもらう。


「はい、いらっしゃいませ」

「すみません」


聞こえてきたのは、女性の声だった。

駐車場に戻ってきた時、扉につけられた傷に気づいたという。


「傷……あぁ、これね。金属の棒かなんかだな、またずいぶん派手にやられたね」

「金属の棒ですか?」

「うん。これだけ食い込むように傷がつくとなると、ある程度重さもあるし、
強さもないと無理だからね……」

「あの、すぐに直りますか?」

「簡単にごまかす程度なら出来ますけど、色が混合色だからな。
近くで見ると、色の違いが出てしまうんですよね。
せっかくきれいに乗っているんだ。きちんと直された方がいいでしょう。
すぐには無理なので、簡単な見積もりを出しましょうか」

「……すぐには無理ですか」

「すみません。車体の色も黒とかじゃないでしょ。同じような色でも、
メーカーによって車のカラーには特徴があるんですよ。重ねたように思えて、
時間が経つと浮いてしまったりするのでは、台無しですから。
とりあえず、目立たないくらいの応急処理は出来ますが」

「そうですか、わかりました」


横目で見た女性は、紺色のパンプスを履いていた。

僕は彼女の足の方とは違う方向へ寝板を動かし、車の下から顔を出す。


ストレートな黒髪は、シルバーの飾りで縛られていた。

振り返った彼女の髪は、大きく揺れる。


目の前に立つ彼女は色白で、何かを見つけたのか、ふっと笑みを見せた。


「かわいい……」


彼女の見つけたものは『白チビ』だった。

事務所の入り口に設置した箱の前に座る。


「ふわふわ……」


初めて見る人。

いや、このあたりでは、見かけるタイプの人ではない気がした。

服装でも、持ち物でも、闇雲に時代を追いかけるようなことはせず、

自分を大切にするような……


「男の子かな? それとも女の子かな?」


優しく微笑む姿に、なぜか懐かしささえ漂った。



【1-6】

『半田自動車整備』の朝は、準備体操から……
歩のお話は、ここからがスタートです。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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素敵な人が、出てきたのかな?

ぽこさん、こんばんは

>素敵な人が、出てきたのかな?

うふふ……出てきたのかなぁ(笑)
まだまだ序盤です。お気楽におつきあいください。