1 白い子犬 【1-6】

【1-6】

今は、チェーン店舗で経営する整備工場が町中にある。

こういった昔ながらの工場に、飛び込みで入ってくるような人は少ない。


「あの……」


僕の存在に気づいたようで、その女性は、チビのいる箱を指さしている。


「……はい」


声をかけられて、初めて自分が寝板にいる状態のままだったことに気付き、

僕は慌てて立ち上がった。

寝転がったままボーッとしていたなんて、妙な人だと思われただろうか。


「この子犬、もしかしたら譲っていただけるのですか?」


嬉しそうにそう尋ねてくれた女性は、慣れた手つきで『白チビ』を抱きかかえた。


「ほわほわですね」

「はい」


犬に慣れている人なのだろうか。

『白チビ』も怖がることなく、チャンスだと思っているのか懸命に尻尾を振っている。


「うん、うん、嬉しい。ねぇ君……お名前は? なんて言うの?」



名前……



「正式には決まっていません。ここではチビと呼んでます」

「チビちゃん、へぇ、あなたチビちゃんなのね。私のうちに来る?」


本当に飼ってくれる気だろうか。


「あの……」

「あ、ごめんなさい、名乗りもしないで。私、『椎名遥(はるか)』と言います。
私が小さい頃にも、家では犬を飼っていました。
しばらく大学の寮生活をしていて、ペットは飼えませんでしたが、
また、実家に戻ったので」

「失礼ですけれど、ペットを飼える環境ですか」

「はい。一応一軒家です」


椎名さんがそう返事を寄こしてくれた時、工場の中に拓の車が入ってきた。

いつもより、さらに荒っぽい運転で、車を止める。

拓が2日続けて来ることなど、滅多にない。

昨日、見た箇所にでも、問題が出たのだろうか。


「あ……拓ちゃん、ここ」


椎名さんは、運転席にいる拓に向かって、軽く手を振った。

『白チビ』はダンボールを蹴られた時のことを思い出したのか、

急に暴れ出し、彼女の手から逃げ出してしまう。


「あ……チビ」


僕は『白チビ』をすぐに抱きかかえた。

あいつの前にでも飛び出したら、それこそまた蹴り飛ばされてしまう。

運転席が開き、拓が姿を見せた。


「遥、お前、待ち合わせの場所が違うだろ」

「ごめんなさい。駐車場に行ったら傷がつけられていたの。
気分が滅入ってしまったって会社に電話をしたら、ここに持って行くといいって、
おじ様が」

「親父が?」

「うん……『MORINAKA』の車を全て見てもらっているからって」


拓の知り合い。

僕は『白チビ』を元の箱に戻す。


「決めた! やっぱり連れて帰ります。大切にしますから、ぜひ譲ってください」

「遥、何を言っている」

「拓ちゃん、見た? だってすごくかわいいのよ。ふわふわしているし
目もつぶらで優しいの。私、すぐに気持ちを持って行かれてしまったわ」


椎名さんは両手を広げて、『白チビ』を誘った。

『白チビ』は、僕の腕の中で、小さく丸くなる。


「あら? どうしたの? さっきは来てくれたのに」

「よせって遥。そんな汚い野良犬。犬がほしいのならきちんとした店で買えばいい」

「拓ちゃん」

「そこら辺で拾った犬なんて、血統書もないし……」

「血統書? そんなもの、いらないわ」


彼女の言葉には、迷いがなかった。

心の底からそう考え、発言しているように思えてくる。


「血統書なんて、人間が勝手に決めていることでしょ。犬の命はみんな一緒だもの。
私は、かわいいと思えるだけで、それで十分」


言葉の意味などわからないはずなのに、

『白チビ』は手招きをされた彼女の手に、自分から移動する。


「うわぁ、嬉しい。ねぇ、私と一緒に暮らせそう?」

「遥!」

「予防接種とかはまだですか?」

「昨日、行きました。獣医師から病気もないし、問題もないと」

「そうですか、よかったね」


楽しそうな彼女と『白チビ』の向こうに、不機嫌そうな拓の顔があった。

その視線は、明らかに僕を睨んでいる。


「あの……」

「はい」

「いいお話なのですが、とりあえず保留にしていいですか」


椎名さんは、僕が出した予想外のセリフに、どうしてなのかと驚きの表情を見せた。



【2-1】

『半田自動車整備』の朝は、準備体操から……
歩のお話は、ここからがスタートです。
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