2 幸せの一歩 【2-1】

2 幸せの一歩


【2-1】

「保留? どなたか先に検討されている方が、いらっしゃるのですか?」

「いえ、そうではないのです。ただ、本当に責任を持って飼っていただけるのか、
同居されているご家族の同意をもらっていただけますか」


そう、僕は決して、彼女に『白チビ』を譲りたくないのではない。

いくら捨てられていた犬だからと言って、僕にも拾った責任がある。

結果的に、茂みの中より不幸になっては、元も子もないからだ。

この数日間の色々なことで、

『命の譲渡』はそのくらい慎重に出ないとならないことだと、僕なりに学んだ。


「同意……」

「はい、うるさいようですが、そうしてください」


子供が乗り気でも、母親は全く認めなかったし、

興味を持ってもらえても、全員のOKが出ないと、結局飼いきれなくなる。

『犬』は人間ほど長生きではないが、少なくとも10年以上は生きるのだから、

無責任に囲われたら、不幸にするだけだ。

『命』を育むと言うことは、そんなに簡単なことではない。


「そうですよね」


僕の説明を聞いた椎名さんは、その理由を納得したのか頷いてくれる。


「わかりました。それなら明日、あらためて伺います」

「おい、遥」

「こちらは、何時まで営業されていますか?」

「夜は7時で終わります」

「7時ですか……」

「あ……8時くらいまでは、片付けとかでいるにはいます」

「8時、わかりました。それまでには必ず来ますので……」


ありがとうございますと言おうとして、僕は拓の腕に引っ張られた。

いや、引っ張られたというよりも、

気を抜くと、引きずり回されそうなくらい力を込められる。


「拓、ちょっと……」

「お前なぁ、あんな犬押しつけるなよ」

「押しつけてはいない。
僕が飼おうと思い始めていたけれど、彼女が飼ってくれるのならって」

「お前が、あんな貼り紙を工場にするから、惨めに見えているだけだって」

「……は?」


工場の前に貼り出した紙のことを、拓は惨めなことだと表現した。

犬の飼い主を募集することは、それほどおかしなことだろうか。


「惨めだなんて、僕は『チビ』を……」

「遥は、うちが世話になっている家の娘だ。
椎名家は外国の一流メーカーと取引などとも、色々と手広くやっている。
あんな野良犬が似合う家じゃない」



『チビ』



「拓。チビは確かに捨てられていたけれど、それは……」

「理由なんて関係ないだろう。元がどういうものかわからないのだから、
それは野良犬だ」

「拓ちゃん、いい加減にして」


僕らの話を少し離れた場所で聞いていた椎名さんは、口を強く結ぶ。


「そういうものの言い方は、どちらにも失礼だと思う」

「どちら?」

「犬を譲ってくれようとしている後藤さんにも、
そしてこのチビちゃんにも失礼だと言っているの。
私がこの子を好きになった、ただそれだけなのよ。拓ちゃんには関係ないことでしょ。
血統書もいらないし、雑種だって関係ないの」

「遥……」

「後藤さん、お願いします譲ってください。私、必ず連絡を入れますから」


椎名さんはバッグから携帯を取り出すと、カメラを『白チビ』に向け、

シャッターを何度か切った。


「あの……すみません、これ、携帯番号とアドレスですよね」

「あ、はい」


飼い主を探すため、僕の携帯電話番号と、アドレスの番号が紙に書いてあった。

椎名さんはそれを入力し始める。


「メールを送らせてもらいますね」

「……はい」


不機嫌そうな拓を残したまま、話しはどんどんと進み、

栗丘さんの見積もりが出来た頃には、『白チビ』はすっかり彼女になついていた。





「ただいま」

「お帰り……って、あれ? 犬がいないね。飼い主見つかったのかい」

「うん、今度はうまく行くかもしれない」


僕は靴を脱ぎ、うがいをして、今日一日を終了した。

いつも足元でじゃれついていたチビがいない。

飼い主を探していたのに、いざ決まるかと思うと、どこか寂しくも感じてしまう。

そう思うのは、社長の奥さんも同じだったようで、

今日だけ半田家で面倒を見させてほしいと、自ら名乗り出てくれた。

チロも状況を理解していたのか、『白チビ』を無視したまま、奥の母屋へ消えた。


「ふぅ……ビールあったっけ」

「冷蔵庫にあるよ」

「うん……」


テーブルに置いた携帯に目を向けると、メールの知らせであるライトがついていた。

僕は冷蔵庫からビールを取り出し、プルを開ける。


「おっと……」


吹き出しそうになる泡を口に含み携帯を開くと、相手は見慣れないアドレスだったが、

それがすぐに椎名さんだとわかった。



『昼間の椎名です』



タイトルには名字が入っていた。

家に戻ってから家族に相談し、飼うことを了解されたと絵文字混じりで表現されていた。


「なんだこれ、ハートも多いし、万歳三唱しているし」



『パール』



椎名さんは、まだ『白チビ』に名前がないのなら、

『パール』と名付けたいことまで、書いてくれてあった。



【2-2】

小さな白い犬がもたらせた出会い……
歩の周りで、少しずつ風が動き始める予感。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント