2 幸せの一歩 【2-3】

【2-3】

今日は確か、夏に行われる『盆踊り大会』に向けての、役割分担があると聞いている。


「何か引き受けたのですか」

「引き受けた? あぁ、そうだね、受けたといえば受けた」


奥さんの声を聞いて急に慌しく動く『パール』は、

自分をアピールしようと甘えた声を出す。

奥さんは袋から小さなボーロをいくつか取り出すと、膝に抱えて食べさせ始めた。


「今日さぁ、打ち合わせだっただろ。商店街の集会場へ行ったから、
ついでに動物病院に行って、貼り紙取ってきたわ」

「貼り紙? あ、そうだ、すみません。僕が行くべきなのに、すっかり忘れていて」

「いえいえ、いいのですよ、よく気がついたでしょ、私」


そうだった。

飼い主が決定したのだから、スーパーなどに貼りだしてもらったものも、

後で取りに行かないと。


「先生もよかったですねって言ってくれたわよ。でね、これをもらってきたの、
チビ……じゃない『パール』」


『パール』は嬉しそうにボーロを口に入れ、モゴモゴしながら食べている。


「それと、これは歩に」

「僕……ですか」

「ちょっと見てごらん」

「はぁ……」


封筒に入っていたのは、1枚の写真だった。

小さな女の子がピアノの前に立ち、嬉しそうに笑っている。

どこにでもあるような、スナップ写真。


「この子が、何か」

「子供の方じゃないよ、隣の女性のこと」


確かに、子供の隣には若い女性が立っていた。

奥さんの説明によると、この小さな女の子は、

商店街で、昔から酒屋を経営している橋爪さんのお孫さんだという。


「橋爪さん、知っているだろ。ほら、前に車を直した」

「はい。『橋爪酒店』で、いつもはたきをもって立っている、
元気のいいおばあちゃんですよね」

「そうそう。りつさんとも『憩いの和』仲間だって、今日聞いたのよ」


毎週水曜と金曜。祖母は歩いて20分くらいの場所にある、

老人向け施設に行き、千代紙を習ったり、書道を習っている。

長い間勤めていた市場の仕事を辞めた後は、家のことを中心にしていたが、

外に出るきっかけがなくなると、足腰が弱くなるからと、

新聞で広告を見た僕が、祖母に勧めたのだ。


「橋爪さんね、歩がりつさんの孫だって、この間まで知らなかったんだって。
それでビックリして、だったらって……これなのよ。この人、ピアノの先生だって。
いい人だから、お見合いしないかって」

「……見合い?」

「そう、見合い」


見合いをするなどということを、今まで一度も考えたことがなかった。

見合いというのは、経歴などに自信のある人が、精一杯自分を奮い立たせた写真を取り、

会うものだと思っている。


「僕はいいですよ」

「どうして。歩もいい年になっているでしょう。
りつさんのことを心配しているつもりなら、
いっそいい人を見つけてさ、安心させてあげなさいよ」


奥さんは僕の前にある弁当箱を指で差す。

確かに、年齢的には家庭を持っていても、おかしくはない。


「こういうものを、いつまでもりつさんは作ってやりたいだろうけれど、
そういうわけにも、いかないんだからさ」


堅苦しい写真ではなく、本当にスナップ写真だった。

その分、相手の普段の顔が見られている気はする。


「無理ですよ」

「無理? どうしてよ」

「ピアノの先生ですよね。音大を出た方でしょ。僕じゃ釣りあいません」


家柄も財産も、人に誇れる学歴も、僕には何もない。


「歩だって立派に大学を卒業したじゃないの。しかも整備士の専門勉強をした後だよ。
夜間だって言ったって、働きながら、さらに勉強をしたってことなんだし、
『邦立工科大学』は、理数系の大学ではレベルだって高い。
教授にだって、昼間に編入してさらに上へ進まないかと言われたのだから。
向こうが音大を出ていようが、気にすることはないよ、歩」

「いや……うーん」

「それとも何? 好きな人でもいるの?」


それにはすぐに首を振った。

朝からここへ来て、自動車の裏側とにらめっこをした後、

疲れた体を家に戻す。

その生活ぶりでは、女性と知り合うきっかけがない。



しかし、頭とはうらはらに、視線だけが工場の真ん中に向かっていく。



「だろ、だからお見合いだって言っているの。歩はさぁ、そういうところに関して、
慎重だから。そうしたら向こうの先生も、ずっと女子ばかりの中で勉強してきたから、
そういうきっかけがないって、言っていたらしいのよ。
ほらほら、全く脈がない人ではないのだから、会ってごらんよ」


視線を弁当に戻し、箸で少し多めにご飯をすくう。

奥さんの問いかけに、返事をしないまま口に入れた。


「ねぇ、歩」

「おい、愛美。お前しつこいぞ。歩には歩の考えがあるんだ。
りつさんから頼まれたのならともかく、お前が勝手に振り回してどうする。
なぁ……」


振り回されているつもりはないけれど、社長の登場に、正直ほっとした。

奥さんに強く迫られると、『わかりました』と言いそうになってしまう。


「勝手になんて振り回していませんよ。私は……」


奥さんはそこで言葉を止めると、

何やら騒々しいことが気になっている『パール』を抱き上げた。


「あなたにはわからないのよ。私の気持ちなんて」

「私の気持ち?」

「そう。私はね、歩がかわいいの。景子が中学生だった歩を残してしまったことを
どれだけ悔しいかと思うと、どうしてもなんとしても、絶対に幸せにしたいのよ」



『後藤景子』



交通事故で亡くなった、僕の母親。

社長の奥さんと亡くなった母とは、学生時代の友人でもなんでもない。

偶然、同じ病院に入院し、隣のベッドになったことで、

気の合う友人関係になったと聞いている。

母は、耳鼻科の診察で手術を受けることになったが、病院のベッドに空きがなく、

外科病棟になってしまい、そこで愛美さんと出会い長く付き合ってきたのだ。



偶然が、運命を決めることも、よくあることなのかもしれない。



【2-4】

小さな白い犬がもたらせた出会い……
歩の周りで、少しずつ風が動き始める予感。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント