4 土曜の出来事 【4-1】

4 土曜の出来事


【4-1】

「それでは、また」

「ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。またご連絡します」


椎名さんは車に乗り込むと、あらためて一度頭を下げ、走り出した。

オレンジ色の車が、曲がり角に消えていく。


「いいなぁ……歩」

「何がいいんですか、赤石さん」

「何がって彼女だよ。犬に理由をくっつけて、お前と一緒にいようと思ったわけでしょ」

「は? 違いますよ」

「いやいや、なんだっけ? 結構、いい会社経営のお嬢さんだって、
確か言ってたよね栗丘さんが。あの生意気従兄弟がライバルかもしれないけどさ、
もしかしたら、歩。お前が、逆玉の輿に乗れるんじゃないか?」


赤石さんの無責任な肘が、僕のわき腹に何度も入ってくる。

3度目の動作をよけると、予想外だったのか赤石さんはバランスを崩し、

あやうく倒れそうになった。


「おっと、危ない」

「くだらないことを言うからですよ」

「くだらないか?」

「くだらないです」


自分でも驚くくらい、声が大きかった。

僕の反応が予想外だったのか、赤石さんが小さな声で『悪い』と謝ってくれる。


「いえ……」


まだ、3度しか顔をあわせていないし、彼女のことは何も知らない。

いや、それよりもこうした話題に入れてしまうこと自体、失礼な気がした。


椎名さんという人は、僕らが思うよりも『純粋』で、

僕らが思うよりも『未知』な人なのではないか。


僕はあらためて軍手をはめなおし、作業の続きに取りかかった。





「ただいま」

「お帰り。ご飯できているよ」

「あぁ、ごめん。今日は予定外に『MORINAKA』に行く事になって、
時間がずれちゃったんだ」

「『MORINAKA』に?」

「うん……伯父さんに久しぶりに会ったよ」

「そう」


祖母の背中を見ながら、僕はラップのかかったおかずを温める。


「伯父さんが、ばあちゃんによろしくってさ」

「そう。哲治さんもお元気だった?」

「うん。相変わらず忙しそうだったけれど、
社長室でアイスコーヒーを飲ませてもらった」

「ふーん……」


父と母の葬式の日。

中学2年だった僕は、目の前の避けられない現実に、どうしていいのかわからなかった。

業者の人たちと話をしていたのは、祖母と母の兄になる伯父で、

式が全て終わった後も、ホールの奥の部屋で、

二人が長い間、話しこんでいた記憶がある。

両親の法事。

祖母と伯父が会うことは、それ以外にはないと思うけれど、

ただ、互いに存在だけは認め合っていた。


ご飯を食べながら、バッグに入れておいた『招待状』を出す。

半田自動車整備には、別の封筒が送られたと、延岡さんが言っていた。

これは僕個人にくれたものなのかもしれないが、参加する気にはなれない。

僕は開封しないまま両手で強く握り、それをゴミ箱の一番奥へ押し込んだ。





『パールが喜んでいます』


工場からボールを持ち帰った椎名さんから、メールが届いたのは、

その日の夜だった。確かにあのボールにじゃれつく、『パール』の姿がある。

ほんの10日ほどで、また大きくなったのではないだろうか。



『大きくなりましたね』



そんな返信に、彼女はまだすぐ答えを返してくれる。



『食べるものも、吠える力も増量中です』



元々雑種で、どんな要素を持った犬なのかはわからない。

それでも、顔つきが穏やかに思え、幸せな日々を送らせてもらってるのだろうと、

十分想像出来た。





季節は5月に入った。風も心地よく、緑の匂いが街を駆け巡る。

そして明日は『5月8日』

なんてことのないはずの土曜日。

その日には椎名さんの車が修理のため工場に入ってくることが決まっていた。

本来ならその前の週だったのだが、彼女が風邪を引いたらしく、

予定が1週伸びた。


「リレー?」

「あぁ、そうなんだよ。明日の土曜日に行われる地区運動会。
男女の10代、20代、30代、40代とひとりずつ参加して走るんだけどさ、
いやぁ……昨日、20代の代表だったスーパーの木村君が、
荷物をひっくり返して、足首をねんざしたらしいんだ」


5月始めの土曜日。この近くでは地域の運動会が予定されている。

毎年、栗丘さんはリレーの選手に選ばれていて、

『半田自動車整備』があるこの地域は、ただいま『総合3連覇中』だった。


「は? 僕ですか?」


そして、怪我をした木村さんの代わりとして、僕に白羽の矢が立った。



【4-2】

緑がまぶしい季節の、風の匂い。
見慣れない景色から感じた思いが、歩の心に足跡を残していく。
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コメント

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拍手コメントさん、こんばんは
すみません、お返事が遅れてしまいました。

もちろん、覚えていますよ。
創作がたくさんあるのは、ただ、私が書くのが好きだと言うだけで……
全てにつきあうのはとっても大変なので、
みなさんの時間に合わせて、でいいですからね。

仕事は、どこでも色々とありますよね。
私にもパートですが、色々とあります。
新しいところで、楽しいお仲間に出会えたらいいですね。