4 土曜の出来事 【4-3】

【4-3】

「そうですね、『パール』だけを残すわけにはいかないし……」


僕は、リレーだけ走ってすぐに戻りますからと話しをし、あらためて時計を見た。

針はあと10分ほどで2時になる。


「そんなことなら、俺に任せておけよ」


事務所から『パール』を抱き上げた赤石さんが、得意げに登場した。





「おい、歩、行くぞ」

「はい」


結局、『パール』の世話は、赤石さんが見てくれることになった。

事務所の中で遊ばせておくことに決定し、

椎名さんは急遽、応援団として行くことになる。


「これ、乗って」


工場には自転車が2台しかないため、僕は彼女に自転車を渡し走って行くつもりだった。

10分もあれば、つけるはず。


「いえ、結構です。自転車は後藤さんが乗ってください。私は歩いて行きますから」

「でも、後ろから歩いてこられるのは、なんだか気になるので。
大丈夫です、乗ってください。僕は走れば……」


椎名さんは、僕が渡そうとする鍵を受け取らず、横を通り過ぎる。


「あの……」

「あまり自転車に自信がないので、いいですから、おいていってください」

「乗れないのですか?」

「全く乗れなくはないですが、自信がないので結構です」


乗れるのか、乗れないのか、どっちなのかよくわからない。

ただ、ここでは乗りたくないという気持ちは、強く感じられるけれど。


「ほら、行くぞ歩。お前が遅れたら何もならない」

「はい」


とりあえず僕が自転車に乗り、栗丘さんの後を走り始めた。

当然だけれど、歩いている椎名さんとの距離は、どんどん開いていく。


「今日はやるぞ! 走り終えたらビールが美味そうだ」

「栗丘さん、一応仕事が残ってます」

「あ、そうか、そうか」


1つ目の信号。ここは右に曲がる。

一応場所は説明したけれど、小学校の場所を間違えたりしないだろうか。

左側には中学校が建っている。先に見えてくる学校の方が、目を引きそうだ。

椎名さんは、車で工場に来ることばかりなので、元々、土地勘があるわけではない。

迷ってしまったら、同じような住宅街のため、道に変化がないし、

探し出すのは、逆に大変ではないだろうか。


「栗丘さん」

「おぉ、どうした」

「先に行ってください」

「は?」

「すぐに追いかけますから」


僕はそこでUターンすると、元の道を必死に走る。

紙に書いた地図を見ながら、一人で歩いている椎名さんに手を上げて合図した。


「後藤さん」

「うん……」

「どうしたのですか? 忘れ物?」

「そう、忘れ物。ほら、後ろに乗って」


なんだか後から来るのだと思うと、集中して走れない気がした。

本来なら、二人乗りだから怒られるだろうけれど、地域のおまわりさんなら、

今日だけは見逃してくれるだろう。


「捕まって……あ、いや、あまり捕まらないで」

「どういうことですか」

「作業の途中で来た作業着だから、綺麗じゃないし」

「そんなことは、全然平気です」


そう言いながら、僕の腰を、彼女の手がしっかりとつかむ。

あまり感じたことのない感覚に、手に汗だけをかく気がする。


「それより、落とさないでくださいね」

「……はい」


僕はしっかりと力を入れ、自転車をこぎ出した。

最初は抵抗が大きかったけれど、リズムに乗ると、順調に風を切って走り出す。

『初夏』とも言える、快晴の一日。


「うわぁ……気持ちいい」


後ろからそう言ったのは、椎名さんだった。

僕は、先に言われてしまい、何も言葉が出なくなる。

そう、平坦でまっすぐな並木道の中は、自転車に向いている。

爽やかな風が頬をかすめながら、僕達は小学校のグラウンドへ向かい、

リレーよりも2つ前の競技で到着した。


椎名さんと一緒にグラウンドへ入っていくと、鉢巻きをした奥さんに呼び止められた。

その声を聞いた婦人会の人たちが、作業服の僕たちを待っていましたと取り囲む。

ここまで来て今更だけれど、予算のために、地域の人たちは本気モードだ。

冗談でしたでは済まない状況に思えてくる。

もっと念入りに柔軟体操でもしてくれば、よかっただろうか。


「あら……あなた『パール』の」

「すみません、工場にじっとしていられずに、応援に来てしまいました」

「いえいえ、どうぞ、どうぞ」


彼女は、人見知りではないのだろう。

地域のテントにお邪魔し、初めて会った人たちと楽しそうに会話をし始める。

僕がゼッケンを渡され、つけている間に、

彼女の頭には、しっかりと応援用の鉢巻きが巻かれていた。



【4-4】

緑がまぶしい季節の、風の匂い。
見慣れない景色から感じた思いが、歩の心に足跡を残していく。
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