6 予期せぬ訪問者 【6-1】

6 予期せぬ訪問者


【6-1】

椎名さんには、もちろん自分の仕事があり、そして、週に1度とはいえ、

うちのホームページの仕事があった。

どうしたのだろう、色々と頼むことが多くて、疲れてしまったのだろうか。

『終わった』という開放感はなく、どこか寂しげに見えてしまう。


「どうしました?」

「あ、はい」

「少し疲れているように見えますけれど、
うちの仕事のことで、無理したのではないですか?」


自分から申し出てくれたとはいえ、かけ持ちをするのは確かに大変だっただろう。

彼女の優しさに、僕達が甘えすぎたのではないかと、急に気持ちが重くなる。


「違います。疲れているわけではなくて、完成したのはいいことなのに、
なんだか、ここへ来る理由がなくなったのは、少し寂しいから」


彼女が人見知りをしない性格だからだろうか、

それとも、うちの社長夫妻が、彼女を気に入っているからだろうか、

この3週間、確かに毎回木曜日には、事務所から笑い声が響いていた。

僕自身、ミニ講習会で得た知識に、新しい仕事を発見できていた。


「ここのみなさんは、いつも明るくて、楽しそうで……」


椎名さんは、そう言うと、

工場で工具を片付けながら冗談を言っている、赤石さんの方を向いた。

栗丘さんは、その冗談をつまらないと言い返し、汚れたタオルを投げつける。


「うわ、汚いっす!」

「汚いのはわかってやっているんだ」


そこへ奥さんが飛び込み、清楚で有名になったある女優が、

有名な監督と不倫関係だったことを認めたのだと、関係ない話を入れていく。


「ねぇ、人は見かけによらないねぇ」

「そうですか? あの女優、それっぽいでしょう」


どうでもいい話に、どうでもいい話が重なり、

結果的になぜかみんなが笑っている。

こんな状態は、ここでは当たり前の光景だ。


「ここのみなさんは、いつも笑っているんですね」


5人という人数が幸いしているのかどうなのかわからないが、

確かにいつも笑い声がある。もちろん仕事中は真剣だけれど、

その分、緊張からとけたときには、自然と笑いたくなるのかもしれない。


「まぁ、そうですね。栗丘さんも赤石さんも、よく笑わせてくれますから」

「私、いつも一人で食事をすることが多くて」



『一人』



僕は、思わぬ言葉に、問い返すことも忘れていた。



『誰とでも明るく話せて、よく笑う女性』



僕の中で膨らむ椎名さんのイメージは、最初からそういうものだった。

『一人』という単語が、一番似合わない人だと思っていた。

いつも話題の中心に位置している人だと、そう……


「私、中学から寮のある女子校へ通っていました。結局、大学までずっと。
規律を重んじる学校で、そこでは食事中も作業中もおしゃべりは禁止でした。
廊下も端を歩くこととか、挨拶はどうするとかこうするとか、覚えているだけで大変で」


私立の女子高、僕には無縁の世界だけれど、

校風はそれぞれだから、厳しい部分もあるのだろう。


「今も、仕事でPCを扱うことが多いからなのか、
笑いながら仕事をするということはなくて。
こうしてわいわいと過ごしているのを見ると、とてもうらやましいです」


彼女がいつも明るいから、そして人見知りなどしないから、

僕は、『寂しさ』などとは無縁の人だと、そう思い込んでいた。

恵まれた環境に育ち、自由になることがたくさんある生活を、

うらやむのは自分の方だと、考えていた。

人の置かれている環境も感情も、予想するだけでは合わないことも多いのだろうか。


「終わらなくてもいいんじゃないかな」


そう、別に仕事が終わったから、何もかも終わりだなんて、誰も思っていない。


「椎名さんさえよかったら、理由なんて何だって構わないから、
顔を見せてあげたらいいんですよ。奥さんはいつでもお茶のみを探してますし、
社長もみんなも、話す事は好きな人ばかりですから」

「……いいのですか?」

「はい。誰も拒絶したりしませんよ、きっと、いつでもウエルカムです、
ここの人たちは。そうそう、ここのところは、
奥さんが婦人会に出席するので静かですけれど、
少し前までは、商店街の奥さん方がここに集まって、よくおしゃべりをしていましたし」


そう、『半田自動車整備』には、よく関係ない人が出入りする。

顔さえ知っていたら、誰でもここが休憩所だと思い入ってきた。

細かいことなど気にしない。

いや、整備に関しての繊細さには、絶対の自信があるけれど。

『こんにちは』と声をかけてくれたら、社長も奥さんも、すぐに打ち解けてくれる。

その人がどこに住もうが、何を抱えていようが、そんなことは関係ない。


「また、遊びに来てください」

「はい……」


椎名さんは嬉しそうに頷くと、今日はこれで帰りますと、席を立った。



【6-2】

歩の日常に、飛び込んできた訪問者。
穏やかだった毎日に、小さな流れが起こり、そして小さな渦を作り始める。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント