6 予期せぬ訪問者 【6-2】

【6-2】

『私、いつも一人で食事をすることが多くて』



僕は、仕事を終え家に戻り、祖母と夕食をとった。

突然の事故で両親を亡くし、一人きりになっていたとしたら、

知らない施設の中に入り、今とは違った時間を過ごしていただろう。


「歩、おかわりは」

「うん、自分でするからいいよ」


仕事の愚痴、テレビで見たニュースの話しなど、

祖母にはいつも聞いてもらってきた。

意見など返してくれなくても、頷いてくれる小さな顔がそこにあるだけで、

本来なら押しつぶされそうになった悲しみにも、なんとか耐えてこられた。


「ばあちゃん」

「なんだね」

「今日の天ぷら、上手いよ」


今日の……ではなくて、今日もと言えばよかっただろうか。


「何を言っているのかね。いつもと一緒だよ」

「うん」


『全てを得ている人』など、この世にはいないのだろうかと思いながら、

僕はエビの天ぷらを食べ続けた。





季節は7月を走り始める。

椎名さんが手がけてくれたホームページは好評で、

以前より明らかに問い合わせも増えた。

あらかじめ写真をつけてくれることもあり、受け入れるこちら側も、

それなりの体制を取ることが出来る。


「はい、『半田自動車整備』です。はいはい」


奥さんがあらたな依頼電話を受けている時、工場には1台の車が滑り込んだ。

日本製の高級車。

赤石さんは帽子を脱ぐと、車を誘導する。


「オーライ、オーライ、はいストップ」


赤石さんの手の動きに合わせ、車はぴたりと止まった。

僕はPC前から中に戻り、出てくる人を確認する。

少し深めに帽子を被り、運転席から出てきたのは、見たことのない女性だった。


「すみません、いきなりで大丈夫ですか?」

「はい」


赤石さんがどんな傷なのかと近づいたが、

女性は視線を動かし、誰かを探しているように見える。

そして、その視線は僕の前で止まり、ゆっくりとこちらに向かってきた。


「車を見ていただけますか」

「あ……はい」


目の前に、疑問符を浮かべたような赤石さんの顔が見えたが、

とりあえず僕はボンネットを開け、

その女性が言うような症状があるかどうかを確認した。

つながりも間違いはないし、ゴム製の部分に痛みがあるようにも思えない。

オイル漏れなどがあれば、変色があるためすぐにわかるけれど、それも見当たらない。

よくある箇所のチェックを済ませ、もう一度細部に至るまで確認する。

これで見つからなかったら、赤石さんに見てもらおう。

一人の目だと、見逃すこともある。


「ん?」


1点ずつに集中する中で、取り付けボルトの色が違っていることに気がついた。


「あの、こちらは、以前どこかで修理などをされていますか」

「さぁ……ごめんなさい。私、車のことはマネージャーに任せているものですから」


取り付けボルトというものは、最初はボディーと一緒に塗装をするため、

修理歴などがなければ、車体の色と同じ色でついているはずだった。

これは色が違っている。おそらく何か問題があり、直しを入れたのだろう。

エンジンをかけ、その音と、動きを確認する。


「あ……」


誰かがボンネットを開けて、調整でもしたのだろうか。

動いているはずのないネジが、少し緩んでいた。

何か違和感を感じたのは、ここだろう。


「このネジがゆるんでいました。もう一度、しっかりと閉めたので、
運転席で音を聞いてみてもらえますか?」

「あぁ、はい」


女性は運転席に戻り、しばらくしたあと、車を止めて外に出てきた。


「音はしなくなりました」

「そうですか、それならよかったです。おそらくこれで大丈夫だと思いますよ」

「ありがとう」


車の異常がたいしたものではなく、ほっとした。

用事が済んだ奥さんが、工場に顔を出す。


「はい、いらっしゃい……あらまぁ」


僕は芸能界などに疎いので、彼女が誰なのかに気づけなかったが、

普段、ワイドショーなどで目と耳を鍛えている奥さんには、

その人が誰なのか、すぐにわかったようだった。


「もしかしたら『TEA』さんじゃ、ないですか?」


ジャズシンガーとして活躍する『TEA』さんは、

今までニューヨークを拠点としていたが、この4月、久しぶりに日本へ戻った。

今日は完全にオフ状態で、ドライブに出たのだと教えてもらう。


「そうだったんですか、で、ここへは偶然ですか?」

「……えぇ」


『偶然ですか』と問いかける方がおかしい。

世界的に有名な歌手が、ここを目指してくることなどありえないだろう。

僕はボンネットを閉めながら、思わず口元を緩めてしまう。


「ねぇ、整備士さんは、おいくつ?」

「……僕ですか?」

「えぇ」


僕は今年で27になりますと答え、直した箇所を記入する書類を手に取った。

直したといっても、緩んだネジをまわしただけだ。

これでお金を請求するとなると……


「歩、いいよ」

「はい」


奥さんも状況に気づいたのか、お金はいりませんと『TEA』さんに告げた。

『TEA』さんは、それでは申し訳ないと首を振る。


「ネジを少し回しただけです。本当に……」

「いえ、それでは……」


『TEA』さんも、このまま出て行くことは出来ないと食い下がる。

奥さんは、それならと事務所から白いお皿とペンを持ち出し、

記念になるからサインが欲しいとお願いし、『TEA』さんは快く引き受けてくれた。



【6-3】

歩の日常に、飛び込んできた訪問者。
穏やかだった毎日に、小さな流れが起こり、そして小さな渦を作り始める。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ご心配おかけしました

ナイショコメントさん、こんばんは

腰痛、心配していただいてすみません。
もう、抱えていくものだと思っているので、重くならないようにだけ、
常に考えています。
季節の変わり目、特に寒くなってくるとね……

創作、どうぞマイペースに楽しんでください。