7 揺さぶる人 【7-6】

【7-6】

「ふぅ……」


季節は夏なのに、夜風はとても心地よく、

音楽の余韻は、僕を酔わせたままだった。

出されたのは本当に軽食だったので、どこかの店に入ろうかと思ったが、

繁華街から少し外れていたため、それらしき店が見当たらない。


「後藤さん」

「はい」

「少し、このまま歩きませんか?」


椎名さんはそういうと、地上の線路を走る電車と並ぶようになりながら、

ゆっくりと歩き始めた。僕もその動きに合わせ、

どこに行くとは決めていない歩みを始めていく。


街灯は均等についていることや、

道路には一時停止がある方向とない方向があること、

横を走っていた電車が、いつの間にか僕らの横から姿を消し、

地下に向かっていたことなど、感じながら進んでいく。


「あの……」

「はい」

「あ……いえ、いいです」


椎名さんは、出しかけた言葉を、押し込んでしまう。


「なんですか? 何でも聞いてください」


いつもなら、ハキハキ意見を述べる彼女の、遠慮がちな様子が気になった。

僕は、もう一度、聞いてくださいと繰り返す。


「それなら、うかがいます。『IF WE HOLD ON TOGETHER』。
後藤さんにとって、思い出のある曲なのですか?」


『IF WE HOLD ON TOGETHER』

僕は、あの曲が始まったとき、思わず身を乗り出した。

震えるような声で、彼女に曲名を尋ねた。

そう、気づいていないはずがなかったのだ。

頬に流れていた涙のこと。


「……はい」


僕は小さく頷き、すみませんと返事をする。


「すみませんだなんて、そういうことではなくて……」

「まさか、自分でも涙が出るとは思っていなくて。
きっと、亡くなった両親のことを、思い出したからだと思います」


そう、何もしてあげられなかった、二人のことを思い出した。


「ご両親、事故で亡くなられたのでしょ」

「……はい」


『事故』

その一つの出来事が、全てを変えてしまった。


「中学2年の時でした。父の仕事関係の人間と会うために、
二人で車に乗って出かけていって、何も問題はなかったはずなのに、
相手の整備不良が原因で、事故が起きました。
ブレーキがきかなかったそうです。軽自動車は強い力でつぶされてしまって、
二人とも……」


真面目に働いていた父。それを懸命に支えていた母。

何をどう考えてみても、こんな目にあわなければならない二人ではなかった。


「僕は当時、反抗期の真っ最中で、事故当日の朝も、母に話しかけられたことに対して、
ろくに返事もしませんでした。ごく当たり前に迎えた朝だと思っていたので、
それが最後になるとは、考えてもいなくて……」


椎名さんは、果たしてこの話を聞きたいのだろうか。

そんなことを考えてまとめている時間も持てず、僕は言葉をあふれさせている。


「動かなくなった二人を見ながら、自分の態度を振り返ってみても、
どうにもならなくて……」


あの時は、悲しみよりもなぜなのかという思いが強すぎて、

ただ、呆然としていた記憶しかない。


「何一つしてあげられなかったという、後悔しても仕切れない気持ちが、
『TEA』さんの歌の中で、よみがえってしまったのかもしれません」


あの曲をCDで聴いても、ラジオで聴いても、

今までに涙が流れたことなどなかった。


「歌ってくれた曲が、母がよく口ずさんだ曲だったから。それで……」


頭より、心が耐えきれなかった。


「こんなところで、泣くとは思わなくて……」


そう、泣くとは思っても見なかった。

いや、僕は両親を亡くしてから、人前で泣いたことなどなかった気がする。

祖母の前でも、友達の前でも、無理をしていたというより、

毎日を受け止め続けるだけで精一杯だった。

しかし、今日は違う。



どうしようもないくらいの思い出が、波のようにどんどんと押し寄せてきて、

僕の心をの重石を、砕いてしまったのかもしれない。





僕は、足を止めた。





進めなくなったのは、

横にいたはずの椎名さんが、いつの間にか消えていたから。


「椎名さん……」


心が苦しくなり歩みを止めたのは、彼女の方が先だった。



【8-1】

歌の中に見つけた、小さな光と闇。
戻らない日々の中から、歩の心は懐かしい声を思い出す。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント