10 見えない糸 【10-2】

【10-2】

「遅くなりました」


思いがけない出来事で気持ちが乱れていたけれど、

祖母の事情を放り出すわけにはいかず、

僕はとりあえずカバンの中に指定されたものを詰め、そして保険証を持ち病院へ戻った。


「こちらへどうぞ」

「はい」


祖母は、まだ酸素マスクをつけていたが、少しずつ体を動かし始めている。

医師は意識が戻るのも、もう間もなくでしょうと、頭を下げ病室を出て行った。

祖母の頭の上に書いてある入院患者のネームプレート。



『後藤りつ AB型』



祖母も、AB型だった。

祖父の血液型はわからないけれど、祖母がABだったことで、

0型意外の方が、可能性の高い気がしてしまう。


子供の頃から、僕は大きな怪我をしたこともなく、

血液型のことも考えたことがなかった。

社会人になり、健康診断をする中で献血を知り、人助けになるのならと、

受けた覚えはある。

もう数年前で、あの献血の用紙もどこかにいってしまった。

僕が勝手に『O型』と思い込んでいるだけで、記憶違いかもしれない。

そう、父親がABで、母親がAなら、そうに違いない。

絶対に……


「……歩」

「ばあちゃん」


祖母の意識が戻り、医師から大丈夫だと言われていたものの、

そこで初めてしっかりと息が出来る気がした。


「ごめんね……試験だったのに、こんなことになって……ごめんよ」

「何で謝るんだよ」


祖母は、今日がどういう日だったのかを知っている。

自分のせいで、僕が試験に向かえなかったことを、悔やんでいるのだろう。

力がない祖母の手を、僕がしっかりと握りなおしてやる。


「ばあちゃんが気にすることなんてないんだ。しっかり病気を治せって」


中学2年から、僕のことを何よりも考えてくれた人。

それが祖母だった。

この人と、血のつながりがないなど、考えられない。



『歩……』



いや、亡くなった父と母と、つながっていないなど……

考えたくもない。



僕は、そばにあったタオルで、少し汗ばんだ祖母のおでこをしっかりと拭き、

不安にならないよう、手を握り続けた。





「そうだったの」

「はい、すみませんでした。昨日のために、みなさん色々としてくれていたのに」


次の日、職場で事情を語り、頭を下げた。

社長夫妻も栗丘さんも、そんなことはいいからと僕を励ましてくれる。


「で、りつさんはどう?」

「昨日の夕食は、少し口にしていましたから、大丈夫だと思います」

「そう……」

「はい」


社長は、すぐにでも病院に行けと、奥さんに話してくれたが、

僕は2、3日はと遠慮する。


「どうして? 面会はダメだって?」

「いえ、状態が悪いわけではないのですが、
少し経ってからの方が祖母もゆっくり出来るかなと」

「そう?」

「はい。いつも元気ものの祖母なので、今みたいな弱弱しい姿を、
見せたくないと思うんです」


祖母はいつもシャキッとしていた。

そういえばそうかもしれないと、奥さんも納得してくれる。


「それなら、歩はしばらくうちで食事をしていきなさいよ。家に戻ったって一人でしょ」

「おぉ、そうだ、そうだ。どうせうちは今、二人だけなんだから。
もしなんなら、泊まってもいいんだぞ」

「いえ……それは」


気にかけてくれるのはありがたいが、それは僕の計画があるからと断った。

今まで、一人暮らしなどしたことはなく、洗濯も炊事も、すべて祖母に任せてきた。

いずれは自分が前に出ないとならないことはわかっていたため、

これがチャンスだと思い、トライしてみることを告げる。


「料理?」

「まぁ、簡単なものです。ご飯炊いて、味噌汁作る……とか」


正直、スーパーで、どういうものがどういう値段なのか、わからないことも多い。

仕事を終えて、少しそういうことにも慣れておこうと考えた。

一人で暮らすということを、実はまだ行ったことがない。


「そう……それもいいかもね。でも、大変なら言いなさいよ」

「はい、ありがとうございます」

「歩には、私、何でもしてあげたいのよ」


奥さんはそう言うと、洗ってくれた僕の作業着を差し出した。

僕はそれを受け取り、頭を下げる。


「歩は、うちの息子のようなものだからね」


その優しい言葉に、昨日のことを思い出した。

事故の報告書。あれに記載されていた内容について、

奥さんは、何か知っているのだろうか。



『AB型』と『O型』



「おい、歩。今日も忙しいぞ」

「はい」


僕はロッカーへ向かい、荷物を入れると、洗いたての作業着に袖を通した。



【10-3】

人と人をつなげる糸があるのなら、
どんなに細くても、自分の手でつかんでいたい。
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