11 おにぎりの形 【11-1】

11 おにぎりの形


【11-1】

『パール』は、知らない場所に来たからなのか、散歩をしている間、

あちらこちらの臭いばかりを嗅いでいた。

マンションから駅のまでの道、この商店街は僕も祖母もよく利用する。



『はい、引っ越します。今日、カギをもらってきました』



椎名さんは、本当に一人暮らしを始めてしまった。

僕が話した『別の世界』などないのだと、証明してみせるとそう言っていた。

『スレイド』で『TEA』さんの音楽を聴きながら、

僕は間違いなくこの時間を楽しんでいた。

それは彼女が隣に座り、時を共有してくれていたからだと、そう思う。

1本のワインを飲み、1枚のピザを半分にした。

そんな行為をごく当たり前に受け入れ、笑顔も見せていた。



『遥に近付くな』

『そうか、偶然が重なったということか』



僕には、これだけハッキリと壁が見えるのに。

彼女はその壁を、自ら乗り越えられると思っているのだろうか。



『パール』とご近所を1周していると、携帯に連絡が入った。

相手は、引越しを手伝っている奥さんになる。


「もしもし」

『もしもし、歩? 今どこにいるの』

「『パール』と駅前を歩いています」

『あ、そうなの? もう引越しは終わったから戻ってきていいわよ』

「もう終わったのですか?」


僕は、受話器を耳に当てながら、顔を動かし、時計を探す。

理容室の奥に時計があったため、少し腰をかがめて確認すると、

マンション前を出発してからまだ30分程度しか経っていない。


「まだ30分くらいですよ」

『そうよ』


引越しという大きな作業は、ほぼプロの二人がこなしてくれたのだと、

受話器越しに奥さんから説明を受けた。

ダンボールを貼ったりはがしたり、家具を運んだり、手際がよかったと褒めている。


「わかりました。戻ります」


僕は電話の向こうにいる奥さんにそう告げると、携帯を閉じた。





オートロックのインターフォンを鳴らすと、数秒後に椎名さんの声がした。


「すみません、後藤です」

「はい」


カチンという音が聞こえ、自動扉が開いた。

『パール』は好奇心なのか、どんどんリードを引っ張っていく。

僕はそれをコントロールしながら、横にある階段を上がる。

3階には2部屋あるが、ドアが開いていたので、どちらなのかはすぐにわかった。


「すみません、『パール』の足を拭くものはありますか」

「はい」


『パール』のものは、まとめて一つのダンボールに入っているらしく、

椎名さんはすぐに水入れやクッションを箱から出していた。

僕はおとなしく座る『パール』の足を1本ずつ拭いてやる、


「歩、戻ってきて悪いんだけど、ちょっと飲み物買ってきてくれる」

「はい」


ワンルームの中には、ダンボールが重なっていたが、

その隙間をぬいながら、『パール』は僕達が以前あげたボールをくわえてみたり、

転がしながら遊び始めた。

僕は、駅前にあるスーパーまで自転車で向かい、

ウーロン茶のペットボトルを人数分買うことにする。

売り場からレジに向かおうとして、

以前、椎名さんが僕にくれたコーヒーの缶が目に入った。


『MORINAKA』の新作発表会で、彼女と飲んだアイスコーヒーの値段に、

自分とは違う環境にいる人だと、痛感した。

その次の日、椎名さんは、あえてこの缶コーヒーを僕に残したのだ。



『私がそこに入ります』



ウーロン茶のペットボトルが入ったカゴに、コーヒー缶を数本入れていくが、

その手は途中で止まり、もう一度売り場に戻していく。

個人的に何かをするべきではないだろうと、僕の頭が考えた。

『住む世界』が違うと、突き放したのは僕の方なのだから。

どんな小さなことでも、きっかけを作るのは申し訳ない。

2つあるレジの右側に並び、ビニール袋にペットボトルを詰めた。





「ここまで出来たら、あとはゆっくり荷解きすればいいわよ、遥ちゃん」

「はい、ありがとうございました」

「いえいえ」


椎名さんのお兄さんも、運んだ最後のダンボールを荷物が収まる場所へ移動する。


「助かりました。本当にありがとうございました。
また、次の週あたりに母が来ると思いますので、あとは自分たちで」

「はい……」


思っていたよりも、シンプルな部屋には、とりあえずカーテンがつけられ、

ベッドだけはセッティングされた。

『パール』がいつも寝ているという大きなクッションも、そのそばに配置される。


「それじゃ、明日」

「ありがとうございました」


僕と奥さんは手伝いを終了し、椎名さんの部屋を出ることにする。

椎名さんは、キッチンの上に置いた袋から、

かわいいリボンのついた小袋を2つ取りだした。



【11-2】

頭で思うことと、気持ちが結びつくとは限らなくて。
ふとした一言に、揺れる歩の心
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