11 おにぎりの形 【11-3】

【11-3】

「あれから、荷解きしたのですか?」

「いえ、慣れない作業に、兄も疲れてしまったようで、結局夕食だけ食べて終わりました」

「そうですか」


僕には兄弟がいないため、二人の関係性がどうなのかはわからない。

それでも単純に、うらやましく思った。


「優しいお兄さんですね。貴重な休みに手伝ってくれて」

「はい」


椎名さんは、社長がデスクに置いた新聞を、軽くめくる。


「兄に何か言われましたか?」

「……何かって?」

「いえ、言われていないのならいいのです。
保護者でもないのに、すぐに保護者のような顔をすることがあるので」


椎名さんがそう言いながら新聞を閉じると、母屋の方から足音が聞こえ始め、

奥さんが『パール』と一緒に、事務所へ戻ってきてくれた。

『パール』は椎名さんに飛びつき、待っていたのだと手でアピールする。


「痛い、痛い、『パール』」

「おかえり遥ちゃん、どうだった? 初の通勤電車は」

「はい、混雑でしたけれど、小説を読むくらいのスペースは取れました」

「そう……」


奥さんは、今朝、話をしていた通り、朝、『パール』を預けながら、

ここでおにぎりを一つでも食べていけばいいと、彼女に話し始めた。


「いえ、そんなこと申し訳ないですし、それに今日はお米を買ってきましたから」


そう言われて彼女の手を見ると、確かに米袋の入ったビニール袋が、握られている。


「明日からは、自分で作ります。まずはご飯を炊いてと思って」

「うん……」


やる気に満ち溢れている彼女に、これ以上あれこれ言うのはと思ったのか、

奥さんもそれならそれでいいわよと、意見を引っ込めた。

椎名さんは『パール』を連れ、マンションへ戻っていく。

僕たちはその後姿を、見えなくなるまで見送った。





それからも、僕が工場へ出勤すると、『パール』が先に来ていて、

迷惑なくらい、大歓迎してくれるようになる。

最初は驚いていた他の面々も、そこに『パール』がいることが、

3日もすると、当たり前のようになっていた。


「おい、昼飯にするぞ」

「はい」


作業が終了したところを選び、僕達はそれぞれの昼食を持ち、事務所に入った。

真夏の頃なら冷たい麦茶で済んでいたけれど、

近頃は奥さんが作ってくれるお味噌汁が楽しみになる気候へ、少しずつ変わっている。


「遥ちゃん、大丈夫なのかしら」

「なんだ、またお前は心配か」

「だってね、何か困っていることはない? って聞いても、何もないしか言わないのよ。
引っ越してきて最初の1週間でしょ、予想外のこととか起きそうじゃない」


奥さんは、お椀に人数分の味噌汁を入れてくれた。

僕はそれぞれに配り、最後に自分の分をもらう。


「やっぱり遠慮しているのかなぁ、うちに対して」

「おい、俺の昼飯は」

「頼ってくれたら、何でも教えてあげたいのに」

「おい……ひ・る・め・し」


テーブルに置いた携帯電話が揺れ始め、僕がメールの確認をすると、

相手はちふみだった。箸でおかずをつまみながら、左手で内容を確認する。



『突然ごめんね。土曜日、仕事が終わってから、頼みたいことがあるの。
時間があるのなら連絡をください』



土曜日の予定は、特にあれこれ詰まっているわけではなかったため、

その日の仕事を終えてから、ちふみに連絡を入れる。


「もしもし……」

『あ、歩、ごめんね』


ちふみの頼みごととは、知り合いが一人暮らしをやめることになったので、

その部屋にあるテレビをもらい、運んでくることだった。

相手も女性のため力がなく、運びたいけれど運べる車もないのだと言う。


『ずうずうしいけれど、工場で車借りてもらえるかな。
ほら、昔、借りてもらったことがあったでしょ』


そうだった。ちふみが引越しをするとき、僕が社長から車を借りて、

荷物を運んだことがあった。


『……ダメ?』


梱包して、宅配業者に頼めば、相当の運賃もかかり、日数もかかる。

それならば工場にお礼をした方がという、ちふみの言い分を理解した。


「わかった。どこに行けばいいの?」


僕はちふみから住所を聞きだし、手伝いをすることに決めた。





「車を?」

「はい」

「いいけれど、何か運ぶの?」


次の日、土曜日に少し車を貸して欲しいと頼むと、OKの返事をもらう代わりに、

当たり前の質問が飛んで来た。僕は知り合いが荷物を運ぶ手伝いをするのだと、

そう答える。


「知り合い? 怪しいな歩、女か?」


こういうところには鋭い赤石さんが、すぐにそう言い出した。

奥さんは、そうなのかと瞬間的に反応する。

僕は黙って隠すこともないと思い、相手がちふみであることを語った。



【11-4】

頭で思うことと、気持ちが結びつくとは限らなくて。
ふとした一言に、揺れる歩の心
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