11 おにぎりの形 【11-4】

【11-4】

「ちふみちゃん? 何、東京に戻ってきたの?」

「はい。5月に戻ってきたそうです」

「まぁ……」


奥さんは、僕がちふみと付き合っていたことも知っている。

ちふみもよく、この工場に顔を出しては、僕に弁当を作って持ってくることもあった。


「あれ? お前、あの子と別れたんだろ」

「はい」

「なんだよ、もしかして……より、戻したのか」

「違いますよ。戻ってきたのはそういうことではないですし、
1回、食事をしただけです」


そう、確かにちふみから連絡をもらって、食事をした。

懐かしい場所へ向かって、互いの現状を語り合った。

でも、それだけだ。


「俊祐、妙な言い方をしないの。よりを戻そうがどうしようが、歩の考えることでしょ。
わかったわよ、使いなさい」

「ありがとうございます」


赤石さんの怪しい視線を無視しながら、僕は車を借りる約束を取り付けた。





そして、土曜日。

午前中の仕事を終え、着替えを済ませる。

待ち合わせの時間まではまだ余裕があったけれど、

早く終わればそのほうがいいだろうと思い、携帯でちふみに連絡を取った。

すでに友達の家にいるという返事をもらい、僕は工場を出発する。

道路も大きな混雑はなく、30分ほどで到着し、言われていたテレビを後部座席に乗せた。


「ちふみ、座席を後ろにずらせた方がいいな」

「座席?」

「あぁ、倒れないように出来るから」

「あ……そうね」


クッションになるような古い毛布を挟み、揺れても画面が傷つかないようにする。

多少の遊びはあるけれど、これなら大丈夫そうだ。

僕は運転席に乗り、ちふみは助手席に乗った。

車は、この場所から15分ほどの場所にある、彼女のマンションへ向かう。


「なんだか懐かしいな」

「ん?」

「昔も、こうして引越ししたことがあったよね」


東京に出てきて、友達と部屋を借りていたちふみは、

僕と付き合うようになり、アパートを借りた。

祖母と一緒に暮らしている僕と、落ち着いて会える場所を求めてのことだったため、

家賃の援助を申し出た。


「クスッ……」

「何?」

「ううん……歩がさ、いつも封筒に入れて私にお金を寄こして。
それが愛人にお金を渡すみたいだって、二人で笑ったじゃない」


仕事を終えて、バイクでちふみのアパートへ行った。

彼女の手料理の香りが嬉しくて、慌てて階段で転びそうにもなった。


「うん……」


何もかもが未来に向かっていて、どんどん切り開かれていくとしか思っていなかった頃、

僕らは気持ちだけを頼りに、無敵なのだと思っていた。


「あのアパート、空き部屋ないかなと思って探したのよ。
でも、便利だからか、空いてなかった」

「いいじゃないか、別に前のところでなくても」

「うん、それはそうなのだけれど。どこかで戻りたかったからかもしれない。
なんだか寂しくて」


ちふみがここにいる。

あの頃、会いたくて仕方なかった人が、また目の前に戻ってきた。

今、手を伸ばせばきっと、あの頃のように温かい時間が、蘇るはず。


「そこ、右に曲がって」

「うん」


ちふみの新しいマンションは、そこから5分ほどで到着した。


「大丈夫?」

「大丈夫だって……」


2階建てのため、エレベーターは存在しない。

僕は傷つけないようにテレビを毛布にくるみ、

滑らないようにしながら、階段を1段ずつ登った。

ちふみが玄関を開けてくれてあったので、そのまま部屋へテレビを入れる。

一度床に下ろすと、大きく息を吐いた。


「これは、女性には無理だな」

「うん……ありがとう」


あらためて指定された場所に運び、そのままセッティングを済ませていく。

その間に、ちふみはお茶の用意をしてくれた。


「歩……時間あるの?」

「ん?」

「あるのなら、夕飯食べていく?」


ちふみの作る食事。懐かしい光景が頭の中で蘇った。


「いや、これが終わったら帰るよ。車、戻さないとならないし……」

「……そう、そうよね」


深く考えたわけではないのに、頭が勝手に答えを出していた。

ここにいるのが嫌だとか、そういう思いはないけれど、

以前と同じかと言われると、それは違うように思えてくる。

僕はテレビの映りを確認し、ちふみが入れてくれたお茶を飲んだ。

丁寧に焼いてくれたクッキーをいくつかつまむ。

適当に互いの仕事の話をしていると、時計は夕方の5時を示し、

僕はそろそろと思い席を立った。


「それじゃ……」

「私も、行ってもいい?」

「行く? どこに?」

「『半田自動車整備』に」


ちふみは、自分のために車を借りたので、

奥さんや社長の顔を見て挨拶をしたいと言い出した。



【11-5】

頭で思うことと、気持ちが結びつくとは限らなくて。
ふとした一言に、揺れる歩の心
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