11 おにぎりの形 【11-5】

【11-5】

僕は、理由も話したし、また戻ってくるのが大変だからと言ってみるが、

ちふみは首を振る。


「行くのは、歩にとって迷惑?」

「迷惑ってことはないけれど」

「だったら乗せていって。社長にも奥さんにもお世話になったから、
だから、顔も見ないでお返ししたくないの。
ほら、クッキーもみなさんで食べてもらおうと、焼いておいたし」


ちふみは最初からそうするつもりだったのだろう。

僕は結局、ちふみを助手席に乗せ、工場に戻ることになった。





すでに仕事は終わっているはずの事務所は、まだ明るかった。

一つ前の信号から見ても、中で人の動く姿が確認できる。

ウインカーを出し、車を工場の方に入れると、いつものメンバーの中に、

椎名さんが混じっていることに気付く。

僕が車を止めると、ちふみは助手席の扉を開け、手土産を持ち事務所の扉を叩いた。

音に反応した奥さんがこちらを見る。


「あら、ちふみちゃん」

「お久しぶりです」


ちふみは奥さんにしっかりと頭を下げ、

『パール』はいつものように、お客様に熱烈な歓迎態度を見せている。

僕が少し遅れて事務所に入ると、デスクの上は大量のおにぎりに占領されていた。





僕の目の前に並んだおにぎりは、

形がしっかりしているものと、そうではないものが混ざっている。

今日は、何かイベントでもあっただろうか。


「すみませんでした、私のために車を急にお借りしてしまって」

「いいのよ、ちふみちゃん。テレビ運べた?」

「はい」


歓迎を終えた『パール』は、それまで笑顔だった椎名さんの足元に戻り、

落ち着いたように見えた。


「歩に手伝ってもらえなかったら、色々と大変でした」

「うん……」

「運んでもらっただけなの? 設置してもらえばよかったのに」

「あ……はい、全てきちんとしてもらいました」


赤石さんの突っ込みに、栗丘さんが、当たり前だろうと言い返す。

ちふみは、二人の言いあいを懐かしそうに見たあと、手提げ袋を差し出した。


「これ、私が作ったものですけれど、仕事の合間にでもみなさんで」

「エ……何よ、やだ。そんなことしなくていいのに」

「いえ、これくらい当然です。
本来ならもっときちんとしたお礼をしないとならないくらいですから」


奥さんは、逆に気をつかわせてしまったのではないかと、気にし始める。


「いえ……」

「おぉ、ちふみちゃんのお菓子かぁ、久しぶりだね」

「いえ……しばらく作っていなかったので、どうだか」


栗丘さんも、僕達の昔を知っている。

ここにいる人で知らないのは、椎名さんだけだ。


「何、二人はやり直すことになったの?」

「……栗丘さん、違いますよ。あんまりそんなふうに言わないでください」


昔を知っている栗丘さんにしてみたら、何気ない一言なのだろう。

奥さんは、それに同調することなく、お茶でも入れるからと言葉を濁す。

僕は思わず、椎名さんの方を向いた。

彼女は、テーブルに乗せてあった小さな炊飯器を、床に下ろしている。


「それにしても、このおにぎり、どうしたのですか?」

「あぁ、これね。よかったら二人とも食べてあげなよ。
遥ちゃんの奮闘の結果だからさ」

「奮闘?」

「そうそう、歩が出て行ってからすぐに、
遥ちゃんが炊飯器を片手に、『パール』と一緒に工場に現れたんだよ」


赤石さんが、僕とちふみにおにぎりを食べるようにと勧めてくれた。

見るからに形の違うものが、一つのお皿に並んでいる。


「ずいぶん形が色々……」

「あ……すみません、そのいびつなのは私です」


椎名さんは、ちふみがもらったおにぎりを手から取り、形のいい方を握らせた。

テーブルにあるいびつな形のものを、自分の前に集めていく。


「私、何度やってもご飯がうまく炊けなくて。それでここへ……」

「炊けない? 炊飯器が壊れていたの?」

「いえ……」


炊飯器が壊れていたわけではなく、炊けなかったとはどういうことだろう。


「私、炊飯器の目盛りの意味がわからなくて……」


椎名さんは、2つある目盛りが、それぞれ米の量と水の量だと勘違いし、

芯の残るご飯ばかり炊いていたのだと、恥ずかしそうに語った。


「使い方がわからなかったってこと?」

「……はい」


ちふみの言葉に、椎名さんは下を向いたままで頷いた。


「そんなの……説明書、読めばよかったのに」

「そうなのですけれど、『パール』が噛んでバラバラにしてしまったことに、
私、後から気付いて……」


『パール』は雑誌など、少し固めの紙を噛むことが多いのだと、

椎名さんは笑いながらそう教えてくれた。

そういえば、事務所でも部品の発注をする専門書を見つけ、かじっていたことがある。

栗丘さんは、ちふみが持ってきたクッキーの袋を開け、テーブルの上に並べ始めた。


「おぉ……美味しそうなバターの香りだ。ほら、遥ちゃんも食べてごらん。
こういうものをサラリと作れるようにならないと、男の気持ちはつかめないよ」

「……はい」


ちふみは目の前の椅子に座り、形のいいおにぎりを一口食べると、

奥さんが出してくれたお茶を飲んだ。


「今時、炊飯器でご飯を炊けない人がいるの……」


ちふみは、そう何気なくつぶやいた。

確かに、料理が得意なちふみからしたら、考えられないことなのだろう。

そのつぶやきの先にいた椎名さんは、辛そうな顔をする。

僕は、形のいいおにぎりを素通りし、彼女の前から形の悪いものを取った。



【11-6】

頭で思うことと、気持ちが結びつくとは限らなくて。
ふとした一言に、揺れる歩の心
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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ライバル登場にワクワク

こんばんは^^

気になる男をはさんで、女がふたり・・・
何かないわけ、ありませんよね~♪

料理上手で男の胃袋をつかむのか、つたない腕で男心をつかむのか。
この先の展開が、とーっても楽しみです^m^

ワタクシ、つい最近、主婦歴○○年にもなるのに、炊飯器のメモリを見間違えて 「芯のあるご飯」を炊いたソコツ者です・・・あはは

きゃ。鉢合わせ~><
でも、おもしろくなってきました。
あ。意地悪な私。。
遙ちゃん、がんばれ~!

毎日楽しみに読んでます♪

あるよね、時々

なでしこちゃん、こんばんは

>料理上手で男の胃袋をつかむのか、つたない腕で男心をつかむのか。
 この先の展開が、とーっても楽しみです^m^

ありがとう。
この先も、お気楽につきあってくださいませ。

私も、目盛りを間違えたことは何度かあります。
ひどい時には、お米を何合出したか、一瞬わからなくなったりね(笑)

ん? まずいかな、これ。

おもしろさ、増したかな?

れいもんさん、こんばんは

>きゃ。鉢合わせ~><
 でも、おもしろくなってきました。

ごちゃごちゃしてくるとね、おもしろくなるのかも(笑)
これからも楽しんでくださいませ。

毎日……ありがとうございます。