11 おにぎりの形 【11-6】

【11-6】

「あ……後藤さん」


大きな口を開けて、それを食べ終えた。

もらったお茶を飲み、気持ちを落ち着かせる。


「すみません、いびつで」

「いえ、味は美味しいですよ」


確かに握り方も力の加減がわからないのか、押し過ぎの感はあるけれど、

誰でも初めてはこういうものだ。

おにぎりは、温かい炊き立てのご飯だと言うだけで、数倍美味しさが増す。


「これから毎日、嫌でも炊くことになるのでしょ、
そうすればすぐにうまくなりますよ」


自然に体が動き、自然に言葉が出てしまった。

この場にいる人は、誰もが椎名さんをいじめようとしているわけではない。

自分たちの常識から言えば、彼女のしていることがおかしくて当然だった。



ボタンを押すだけ、目盛りを見るだけ……



でも、人には色々な『時』がある。



『……人にはそれぞれ大事にしているものがあるの。互いの世界を知らないのに、
自分のことが正しいと訴えるのは、間違っているとしか思えない』



『MORINAKA』の新作発表会の日。

スーツにも特に興味がなく、腕時計も必要としない僕のことを、

信じられないという目で見ていた拓の友人たち。

あの時、椎名さんは、心のままに僕を庇っていたのだろう。

今、逆の立場になってみて、同じ思いの中にいることがわかる。

きっと、彼女の生活の中に、なかった経験。


「今日、お味噌汁の作り方も、だしの取り方から、奥さんに教えてもらいました。
明日から、頑張らないと……」

「そうだな遥ちゃん、これから修行だぞ」

「はい」


僕は椎名さんが笑顔でいることにほっとし、残りのお茶を飲み干した。





お礼を終えたちふみを、僕は駅まで送ることにした。

駅前に向かう道は難しくないけれど、1本別の道を曲がると、

全然違う方向に出ることがあるからだ。


「あぁ、懐かしかった。奥さんも栗丘さんたちも、2年前と全然変わっていない」

「うん……」


そう、うちは何も変わっていない。

僕はいつまで経っても、一番下だ。


「彼女ってどういう人なの?」

「彼女? あぁ、椎名さん?」

「うん。ずいぶんみなさんと親しそうだったから。
もしかしたら、新しい事務員さんかなと思ったりして」

「事務員なんて入れる余裕はうちにないよ。彼女はお客さん」


そう、椎名さんはお客様だった。

拓の知り合い、『椎名物流』、色々な冠はあるけれど、

いつのまにか、うちの社員たちからは『遥ちゃん』になっていた。


「うちに車を修理しに来たとき、あの犬を飼ってくれることになったんだ。
あの犬、僕が元々道で拾って、飼い主を探していたからさ」

「犬? あぁ、あの白い犬ね」

「うん……」


雑種だからやめろと言った拓の横で、椎名さんは自分が認めたのだからそれでいいと、

絶対に譲らなかった。彼女がもし、『パール』を受け入れていなかったら、

今頃……


「それにしても、驚いたわ」

「ん?」

「炊飯器が使えないなんて、今時いるのね、あぁいう人」


早くから一人暮らしをし、自分で何もかもを経験したちふみからしたら、

確かにそうだろう。


「仕方がないよ」

「仕方がない? どうして?」

「椎名さんは、一人暮らしをするのが初めてなんだ。
彼女は『椎名物流』のお嬢さんで、ずっと大学まで……
そうついこの間まで寮生活をしていたらしいから。やること全てが初めてなのだろう」


僕とは違った初めてが、彼女にもあれこれあるのだろう。


「へぇ……彼女、お嬢様なの」

「……うん」


そう、彼女はお嬢様なのだ。

生まれた瞬間は同じでも、与えられてきたものは全く違う。


「そう、それなら少しほっとした」

「ほっとした?」

「うん……」


ちふみの言葉の意味がわからず、僕は何度か横を向く。

駅が近付き、電車の音が、耳に入ってくる。




「歩の相手には、ならないものね」




ちふみはそういうと、少しだけ口元をゆるめたが、

僕はその言葉に、頷くことも首を振ることもなく、駅まで歩き続けた。



【12-1】

頭で思うことと、気持ちが結びつくとは限らなくて。
ふとした一言に、揺れる歩の心
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