12 彼女の意地 【12-5】

【12-5】

「どうだ」

「携帯に電話をしてみたのだけれど、出ないのよ」

「そうか、今日で3日だからな。最初の日は連絡があったのだろう」

「うん……今日は休みを取ったので、『パール』は行きませんってね。
だからその1日だけだと思ったの。それが3日でしょ? 
昨日と今日はないのよ、連絡」


社長と奥さんの会話は、昼食を取るために事務所に戻った僕にも、

当然だけど届いてきた。椎名さんが引越しをして1ヶ月が経過し、

疲れでも出てしまったのか、それとも、家族に何かがあって、急に実家に戻ったのかと、

あれこれ確信のない予想だけを積み重ねる。


「ちょっと私、後でマンションに行ってみるわ」

「あぁ、そうしろ、そうしろ。遥ちゃんは困っても遠慮するのか、
なかなかすぐに言い出さないからな」


僕はお弁当を食べながら、新聞を広げてみる。

記事を読んでいるつもりなのに、内容は一つも頭に入らないまま、

気付くと、食べるのも一番遅い状態になっていた。





午後になり、『橋爪酒店』の奥さんが、軽トラックを工場に持ち込んだ。

クラッチの部分が滑ってしまい、危ないのだと報告を受ける。


「少し待ってくださいね、今、症状を書き込みますから」


今は『ハウジングネット』の車が入ってきているが、

『橋爪酒店』は付き合いの長いお得意さんのため、断るわけにはいかない。

さらに運転に影響するような箇所だと、見逃せば事故を引き起こしかねない。


「あぁ、橋爪さん、いらっしゃいませ」

「あ、どうも。来週の婦人会、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫」


同じ地区の婦人会でよく会う二人なだけに、僕が書類を書いている間も、

橋爪さんと奥さんは、何やら色々な話で盛り上がっている。

春は運動会、夏は盆踊り、そして秋にも何かがあるらしい。


「あ、そうそう、ほら、運動会と言えば、飛び入りで応援してくれた、
あの一人暮らしをし始めた女の子いたでしょ」

「何、遥ちゃんのこと?」

「そうそう、彼女に昨日商店街であったのよ。左足に包帯グルグル巻いていたわよ。
松葉杖でリュック背負って買い物に来るからさ、どうしたのって」

「松葉杖?」


橋爪さんの奥さんも、正確に椎名さんから理由を聞いたわけではなかったが、

どうも、マンションの階段で滑ってしまい、筋を痛めたのだと聞いたらしい。


「どうしてそんなことに」

「私も聞いたのよ、そうしたらね、なんだっけ? えっと確か、
使っていたカラーボックスが壊れてしまって、
それをゴミ置き場に持っていこうとしたんだって。
空だから運べるだろうと歩き出したら、足を滑らせてしまって、
それでって……ひょこひょこ帰っていったのよ」


椎名さんはカラーボックスを運ぼうとして、怪我をしていた。

『パール』はマンションで留守番なのだろうか。


「ねぇ、どう? 車。すぐ出来そう?」

「あ……はい。すみません」


余計なことに、気をとられているわけにはいかなかった。

僕はあらためてエンジンを回し、様子を確認する。


「やっぱり滑ってますね。危ないですから預かりますよ」

「時間かかる?」

「……いや、なるべく早くやるようにします」

「お願いね」


栗丘さんに事情を説明し、僕がそのトラックを担当することになった。

工場の端まで運び、書類にサインをもらう。


「それじゃ、連絡くださいな」

「はい、わかりました」


橋爪さんはそこから歩いて横断歩道を渡り、商店街の方に戻っていった。

僕は自動車の方に戻り、寝板を出し、中の様子を見る。



『なんだか使っていたカラーボックスが壊れてしまって、
それをゴミ置き場に持っていこうとしたんだって。
空だから運べるだろうと歩き出したら、足を滑らせてしまって……』



どうして、連絡をくれなかったのだろう。

カラーボックスくらい、すぐにおろしてあげたのに。

工具を持つ手が止まり、僕はため息だけを落とす。



『無理……しているかもしれません。でも、しなければ何も変わらないと思うので』



確かに頑張らないとならないことはあるだろう。

それでも、彼女が思わぬ怪我をしたことで、こうしてみんなが心配してしまう。

すぐに頼ってくれさえいれば、今日も『パール』だってマンションで小さくならずに、

ここで伸び伸びとしていたはずだった。


「はぁ……ダメだ」


なんだか無性にイライラした。

奥さんよりも先に電話をし、何をしているんだと怒鳴ってやりたい気分だった。

怪我をしていて満足に生活が出来ないのなら、

一度家に戻って、立て直してからの方がいいのではないかとさえ思ってしまう。

このまま、車の修理をすると、とんでもないミスをおかしてしまいそうで、

僕は外に出ると、携帯電話を取り出し、椎名さんのアドレスを呼び出すことにする。


「ん?」


先に届いているメールはちふみからだったが、

僕はそれを読む前に、椎名さんへのメールを作ろうと画面を開く。


「歩……歩はいる?」

「あ、はい。すみません」


外から声がしたので、僕はメール作りを辞めて、事務所からすぐに外へ出た。

そこには1台の車が止まっている。


「歩、遥ちゃんのお兄さんの彬さん」

「彬……あぁ……」


それは、椎名さんの引越しで出会った、お兄さんの車だった。



【12-6】

イメージだけでは、人のことは語れない。
歩は、『その人』を少しずつ知り始め……
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