13 答えられない理由 【13-3】

【13-3】

8月の末に行われた『1級』の試験。

当日、祖母が急に倒れてしまい、確かに僕は受験が出来なかった。


「栗丘さんが、いずれここからいなくなることも知って、
歩がそれに代わろうと、なんとなく勉強しているようには見えたけれど、
どうも闘志のようなものが出ていないし。どこか現状に満足というより、
こういうものだって諦めているというか……」


諦めているわけではないと言いたいが、

確かにがむしゃらに目指しているものは、ないのかもしれない。

日々をただ受け入れ、それを消化していくことに、慣れてしまっていた。


「すみません」

「謝るようなことではないの。そういうことを言いたいわけではなくて。
私がね、歩に夜間の大学に行けって言ったのは、
色々と視野を広く持ってもらいたかったからなの。これをやらなくては……ではなくて、
これも出来る、こっちも出来るって、そう思って欲しかったから」


整備士として働くだけなら、確かに夜間の大学に行く必要はなかったかもしれない。

そう言われて初めて、奥さんの思いに気付かされた。


「親を不幸な事故で亡くしてしまって、そこから整備士を目指してやってきたけれど、
絶対にこれでなければならないことはないのよ、やりたいことが他にあるのなら、
今からチャレンジすることも悪くないし、歩まで事故の『犠牲』になってはダメ」



『犠牲』



「本当に自分のやりたいことが、今の仕事なのか、見直すいいチャンスだし、
何もかも全てを取り払って、一人の女性として、二人を見た方がいいわよ」


何もかも取り払って、二人を見る。


「いい意味でも、悪い意味でも、歩は背負いすぎるのよ」


奥さんは、そういうと伝票を全て引き出しにしまい、

母と僕が映った写真だけを、差し出した。


「景子が生きていたら……今の歩に、なんて言ったのかなって、
常に思うんだけどね」


中学の反抗期、母の言葉に反論すると、その倍くらいの文句を言い返された。

力では自分の方が上だと睨んでみても、

お前は私がいなければ成長できなかったのだろうと言いたげな顔で、

いつも睨み返された。


「言い切れないほど、文句があるような気がします」


僕はその写真を財布の中に押し込み、事務所を出ることにした。

バイクに乗って走り出し、目指したのは椎名さんのマンションで、

下から部屋を見てみるが、まだ仕事が終わっていないのか、灯りはついていない。

僕は携帯電話を取り出し、彼女に『話がある』のだと、メールを打ち込み始める。

少し離れた場所で、『すみません』と声がしたのでマンションの裏に回ると、

リュックを背負った椎名さんが、右に曲がろうとしたバイクの男に、

何やら嫌味を言われていた。


「椎名さん」


僕が声をかけると、男はまずいと思ったのか、バイクにまたがり、

その場を離れていく。椎名さんは落としてしまったものを取ろうと、

松葉杖をずらし、腰を下ろそうとした。


「あ、いいよ、僕が取るから」

「すみません……」


拾って渡した袋には、『お菓子作り』の本が納まっていた。

僕はそれをしまうと、何があったのかと聞いてみる。


「マンションの駐車場から出てきたみたいです。
私がゆっくり歩くので、目障りで邪魔だって怒られて」

「邪魔? 全く、身勝手だな」

「いいのです。何か機嫌でも悪かったのでしょう。
言い返しても、今、私には何も出来ませんから。しっかり治してから文句を言います」


椎名さんは松葉杖を脇に挟み、袋を渡してほしいと手を出してきた。


「話があるんだ」


僕は、袋を持ったまま、どうしてここに来たのかを告げる。


「家に戻れということなら、結構です」

「椎名さん……」

「兄ですよね。後藤さんにそういうことを言うのは」

「お兄さんは心配しているよ。それに、会社のみんなも心配している。
『パール』は急に来なくなるし、君は何も連絡をしてこないし……」


そう、奥さんも社長も心配している。


「すみません……それに関しては、申し訳ないと思います」

「どうして連絡してこなかったんだ。荷物だって下に運ぶくらい出来たし、
こんな怪我をしたのなら、買い物とかくらい……」


僕は、言いながら自分自身が興奮していることに気付き、言葉を止めた。

個人的には関わらないようにしようと言い出したのは自分で、

彼女にしてみたら、甘えてこられる関係ではなかった。


「……ごめん、僕がそんなことを言う立場じゃなかった」

「いえ……」


椎名さんは僕に数歩近付き、雑誌の入った袋を取ると、頭を下げてくれた。

オートロックの扉を、鍵で開ける。


「兄には私から連絡を入れます。後藤さんは何も気にしないでください」

「気にしないでって言われても気になるだろう。家に戻るんだ、怪我を治して、
それからまた……」

「ほっといてください」

「椎名さん」

「私が何をしていても、ほっといてください。私が決めたことです」


自動の扉が目の前で開き、彼女は松葉杖で1歩ずつ前に進む。


「私の思うように、させてください」


自分の言葉で語るつもりだったのに、彼女の強さを前に、何も言い出せなかった。

『家に戻れ』という言葉しか用意していなかった僕は、完全に跳ね返される。

椎名さんはこちらを振り返り頭を下げると、そのまま階段を上がりだす。

カツンカツンという音が数分間続き、彼女は部屋に入ってしまった。



【13-4】

僕の『誇り』は、どこにあるのか。
歩は自らに問いかけながら、後ろを振り返り……
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