14 覚悟の産物 【14-2】

【14-2】

「おはようございます」

「あ……おはよう」


いつもの時間に出社すると、

事務所の中で、奥さんと栗丘さんが何やら顔を見合わせていた。

奥さんの手には、1枚の紙が握られている。


「あぁ、もう。あれこれ考えるより、あとで聞くわ」

「そうですよね」

「正式に話があるのなら、電話の1本くらい寄こすのが普通でしょう。
全くもう」


奥さんは、もう一度FAX用紙を見ると、クシャッと押しつぶしてしまう。

僕にはその時、何が起こったのかわからなかったが、

朝礼の後、その内容を知らされた。


「『MORINAKA』の車を?」

「あぁ、なんだろうな。経費節減だかなんだか知らないけれどさ、
他の工場と費用の比較をするために、専属の契約は次回までになりますと……」


『MORINAKA』の社用車は、伯父との関係で、うちの工場が全て引き受けている。

他の工場に比べて、費用が高いとは思わないし、むしろ、急に納車を頼まれたり、

うち以上のサービスをするところがあるだろうかと、思ってしまう。


「費用をもう少し削れっていう脅しじゃないですか」

「脅し?」

「そうですよ。お前のところだけじゃないんだからな……って、脅しているんですよ。
冗談じゃないですよね、こっちは給料だってギリギリなのに。
どうせこっちが言うことを聞くだろうと思っているから、出来るんですよ。
あぁ、景気なんて全然よくならない……」


赤石さんの愚痴を聞きながら、僕は府に落ちないものを感じていた。

時期的に、今そんなことを急に言い出す理由がわからない。


「まぁ、とにかく仕事に入りましょう。今日も納車がいくつかあるし、
ほらほら」

「はい、はい」


僕はゴミ箱に捨てられた紙を見た後、作業着になり、

いつもの仕事を開始した。



ボンネットを開け、エンジンオイルをさしてやる。

汚れた箇所を一つずつ丁寧に拭いていると、元の色合いが少しずつ蘇る。

車は、人のようにどこか痛い、調子が悪いと言えない。

だからこそ、こちらがしっかり見てやらないと手遅れになる。



『でも、もしも……って思うことが、あなたたち整備士の仕事じゃないの?
納得できない部分が少しでもあったら、それを追及するのが仕事なはずなの。
違う?』



『TEA』さんのセリフ一つ一つが、僕の気持ちに鋭い針を刺すようだった。

毎日、しっかりと仕事をしているつもりだったけれど、

それはどこかで、繰り返しの惰性に飲み込まれていたのかもしれない。

『TEA』さんの歌声が、心にしみていったのも、気持ちの揺れを捉えられたから、

見抜かれてしまったからなのだろうか。


「歩、終わったらこっちな」

「はい」


その日は、いつも以上に仕事に集中でき、昼が来るのがあっという間だった。





「出ない……」

「出ない?」

「そう、担当してもらっている総務部にかけているけれど、出ないわ」


その日の昼間、奥さんは『MORINAKA』の総務部に何度か連絡を入れたが、

忙しいからなのか電話に相手が出てくれることはなかった。

社長は、過去の伝票などを見直しながら、向こうを怒らせるような対応をしただろうかと、

頭をひねっている。


「さて、昼寝にでもしようかな」


赤石さんは、食事の片づけをすると、席を立ち、ソファーに向かおうとした。

すると、何かが気になったのか、窓の外を見たまま動かない。


「どうしました?」

「……まずい、本当に来ましたよ、『MORINAKA』」

「は?」


栗丘さんはその言葉に席を立ち、僕もつられて外を見た。

奥さんは受話器を置き、社長は書類から目を外し、メガネをかける。


「拓……」


工場の中に入ってきたのは、拓だった。

いつもの営業車ではなく、あの車は個人のものだろう。


「あの息子が、うちに引導を渡しに来たってことですかね」

「なんだそれ……」


拓は工場の中に車を止め、運転席から降りた。

スーツ姿のまま、こちらに向かってくる。


「まずい、まずい……来ましたよ。あぁ、もう……」


本当に、『MORINAKA』は、うちから仕事を取り上げるのだろうか。

僕は、思わず事務所から飛び出し、あいつの前に立つ。


「歩……なんだよ、飛び出してきて」

「いや……」

「話は中でする」


いつも横柄な態度を取ることが多い拓なのに、今日は妙に落ち着いていた。

それが逆に、僕達の気持ちを沈ませる。

拓は僕の横を通り過ぎたが、数歩先で急に立ち止まった。


「そうだ、歩」

「何?」

「お前、彬さんから遥を家に戻すように説得して欲しいと、言われたそうだな」

「……あぁ」


椎名さんに怪我を治してから、もう一度出てくるようにと、そう僕は言いに行った。

結果的には、跳ね返されてしまったが。


「それが、何か」

「その必要はなくなったから」

「なくなった?」

「あぁ、遥は家に戻ることになった。一人暮らしも解消するそうだ」

「解消? 解消って」

「俺に聞くなよ。解消することしたのは、遥の方だ。
言葉の意味どおり辞めるということ、それが何か問題でもあるのか」


問題があるのかと聞かれたら、あるとは言えないけれど、

この間の彼女の態度からしたら、急展開過ぎる。


「どうして」

「妙な意地を張らずに、家に戻れと、俺が説得した」

「拓が?」

「あぁ……」


僕の言うことは跳ね返したのに、拓の言うことは素直に聞いたということなのだろうか。



「お前と俺とは……力が違う」



『力』

どういう『力』のことだろう。


拓は僕にそれだけ言うと、事務所の中に堂々と入っていった。



【14-3】

小さな工場と、大きな企業。
笑顔の裏にある、哀しみの思い。歩は自らの心に、今何が必要なのかと問いかけて……
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コメント

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拍手コメントさん、こんばんは

>なんだか切なくなってきましたね。

はい。色々と動き始めています。
物語の一つのやまでもありますので、
このままおつきあいくださいね。