14 覚悟の産物 【14-4】

【14-4】

あいつの車は道路に出ると、勢いのままスピードを上げていく。



そうだ……

きっとそうなんだ。



簡単な数学とは、『半田自動車整備』が、『MORINAKA』の仕事を受け、

それで経営を成り立てているという事実。

拓は、椎名さんにその事実を突きつけた。

どうでもいいFAXは、どうでもいいものではなくて、こういったことが出来るという、

自分の『力』を見せ付けるため。



新作発表会の日に、僕を追い込もうとしたあの時のように……



拓は、自分が持つ『力』を、見せ付けようとした。



だから彼女は……





自分を押し殺した。





「歩……」

「なんてことを……なんてことをするんだ」

「危ないぞ、お前」

「あいつ……」


拓が、僕の家の前まで車で来て、真顔で彼女を大切な人だとそう言ったから、

僕はずっと悩んできた。

僕と椎名さんとは生きる世界が違い、彼女には彼女が自由に出来る場所があるのだと、

そう思い続けてきた。

それなのに、あいつは彼女を利用した。

彼女の『素直』で『正直』な気持ちを利用した。


僕は、栗丘さんに手を引かれ、そのまま事務所に戻る。

誰も何も言わないけれど、おそらくみんなが気付いていた。


「仕事……した方がいいですよね」


赤石さんがそう言いながら、社長や奥さんの方を見る。

わかってはいるはずなのに、誰も仕事に向かおうとはしない。

僕はそのまま立ち上がり、作業着のままバイクに向かう。

このままではダメだ。

彼女が自分の意思で戻るのならいいけれど、

あいつに脅されて戻るのは、正しいこととはいえない。

ヘルメットを被り、僕はエンジンをかける。


「歩!」


栗丘さんの声に、僕はエンジンを止めた。


「お前、どこに行く気だ」


どこへ行くのか……


「椎名さんに聞きたいことがあるので」

「彼女は今、あの部屋にいないだろう」


そうだった。今日は平日。

彼女は、松葉杖をつき、不自由な足を庇いながら、職場に向かっただろう。


「森中の息子が、何をどう言ったのか、みんな薄々気づいている。
でも、それをひっくり返して怒らせて、本当に契約を破棄させる気か」


『契約破棄』

あのFAXが事務所に届いただけで、工場内の動揺は隠せないものだった。


「向こうの意思に反することをすれば、こんなことになるくらい……
歩だって最初からわかっていたのだろう」


『わかっていた』

そう、拓のやり方は汚いけれど、でも、僕はどこかで予想していた。

僕には何かを守る力も、それだけの思いも何もなくて、

ただ……



ここで毎日を過ごすだけの、存在でしかない。



だからこそ、『生きる世界が違う』と宣言した。

彼女の思いも、彼女に寄りそうになる自分の思いも、切り捨てようとしてきた。

伯父や拓の気持ちを損ねてはいけないと、自分を説得したのも僕自身だった。


今さら彼女に会って、どう話をするつもりなのだろう。

怒りの中にあった思いは、だんだんと勢いをそがれていく。


「……仕事に、戻ります」


何も考えず、抱えているものも見ることなく、

人を愛することなど出来ないのだと、僕はヘルメットを脱いだ。





その日は、1分1秒がとてつもなく長く感じられた。

『MORINAKA』の出来事を、そこから誰も言い出すことなく、

ただ、時間だけをやり過ごしていく。


「歩」

「はい」


作業着から普段着に着替え、ホームページの確認をしていると、

奥さんから声をかけられた。


「ちょっと出かけるから、鍵、閉めて帰ってね」

「……はい」


婦人会の集まりだろうか、奥さんはそばに寄ってきたチロを軽くなで、

そのまま事務所を出て行った。

いつもなら戻ってくる社長の姿もなく、工場には僕一人が残される。

誰もいなくなった事務所で、今朝、丸めて捨てられたFAXの紙を、拾い上げた。



『MORINAKA 総務部』



伯父が、この工場に仕事をくれるようになったのは、

確かに僕がここに世話になっているからかもしれないが、

仕事がきちんとこなされなければ、関係は続かなかっただろう。

僕がまだ半人前の頃から、社長や栗丘さんが信頼をしっかり築いてくれた。

しかし、今回のように余計な心配をさせられるのは、間違いなく僕がここにいるからで、

それに関しては、拓の感情が全てなのだから、どうすることも出来ない。

憎むべき対象がこの場にいなければ、きっと拓の考えも変わるだろう。

犠牲になるのは、彼女ではないのだから。


僕はポケットから携帯電話を取り出すと、滅多にかけない番号を選び、

ボタンを押した。



【14-5】

小さな工場と、大きな企業。
笑顔の裏にある、哀しみの思い。歩は自らの心に、今何が必要なのかと問いかけて……
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