14 覚悟の産物 【14-5】

【14-5】

仕事を終えて戸締りを済ませると、僕は椎名さんのマンションに向かった。

すでに時刻は夜の8時を回っている。

いつも『パール』を連れに来ている時間は過ぎているのだから、

灯りがついていてもおかしくないのだけれど、部屋は真っ暗なままだ。



『今日は先客があるので無理だ。明日、こちらから連絡を取る』



僕が電話をしたのは、森中の伯父だった。

今回の出来事を語り、契約破棄のいきさつをしっかりと聞き、

僕の退社と引き換えに、取りやめて欲しいというつもりだった。

社長たちに嫌な思いをさせて、椎名さんに我慢をさせて、

それでも知らない顔をして、僕はあの工場に残ることは出来ない。

僕は、祖母の待つアパートへ戻り、いつものように食事を済ませた。


「なぁ、ばあちゃん」

「どうしたの」

「もしかしたらさ、仕事、探さないとならないかもしれない」

「仕事? あら、工場の景気が悪いの?」

「いや、そうじゃないのだけれど」


僕は、これまでのいきさつを全て祖母に語った。

『パール』を拾ったことで出会った、とても素直で素敵な人の話。

しかし、彼女は大きな会社の娘さんで、自分とは釣りあわないと言ったこと、

森中の伯父が、彼女を拓の相手と考えていること、

祖母はお茶を飲みながら黙って聞き続ける。


「明日、伯父さんに話すつもりだ。
僕は別の仕事を探すから、うちとの契約を解除するようなことはやめて欲しいって」

「……うん」

「みなさんが積み上げてきた仕事の実績なのに、こんなことで崩されるのは困るって」

「うん」


それと……

椎名さんの巻き込むのは辞めて欲しいということ。

僕が出来ることは、これくらいだ。


「歩が思うようにすればいいよ」

「ばあちゃん」

「お前の人生だもの」


『僕の人生』

僕は、これからどうするつもりなのだろうか。

整備士になり、不幸な事故を1台でも無くすようにと、そう心に決めて頑張ってきた。

まだ、一人前とは言い切れないかもしれないが、それなりに経験も積み、

仕事も請け負えるようになったのに。


「風呂、入るね」

「うん」


結局、具体的なことは何もいえないまま、

僕は風呂場でただ、見えない道の先を考え続けた。





次の日、いつものように工場へ向かうと、朝から社長と奥さんが事務所に揃っていた。

栗丘さんもすでに座っている。


「おはようございます」

「おはよう。歩、ここに座って。今日はみんなに話があるから」

「はい」


それから5分後、赤石さんも到着し、『半田自動車整備』のフルメンバーが集まった。

奥さんは揃ったのならと腰を上げ、社長の肩をポンと叩く。


「おぉ……」


社長もそれに合わせて立ち上がり、一度みんなの顔を見てくれた。

いつもの朝礼とは違う、ただならぬ雰囲気を、嫌でも感じてしまう。


「実はな、昨日、仕事を終えてから、『MORINAKA』へ出かけてきた」

「『MORINAKA』へ?」


社長の言葉に、栗丘さんがすぐに反応した。

いよいよ、本当に契約が破棄なのかと言い返す。


「破棄というよりも、うちの方から『契約解除』を申し出た」

「契約解除?」


今度は赤石さんが声を上げた。


「栗丘さんも俊祐も、驚く気持ちはわかるけれど、
とりあえずこっちの話を、最後まで聞いてちょうだい。
めずらしく、倫太郎さんが社長らしく語ろうとしているのだから」


昨日、伯父に電話を入れた時、先客がいると言ったのは社長夫婦のことだった。

拓が来て、FAXの説明を受けたあと、すぐに本社へ連絡をしたのだと言う。


「昨日、あの息子がここへ来て話をしたように、確かに自由競争の社会なのだから、
専属契約ではなく、企業同士が競い合うことを否定は出来ない。
でも、『MORINAKA』は、それを別の問題に擦り変えた」

「そう、うちをゆすることで、他の駆け引きをしていることがわかったってこと」


別の駆け引き。それは椎名さんのことだろう。


「やることが汚いじゃない。仕事をさせる方ともらう方だけれど、
互いに信頼で成り立っている関係だと私は思っていたのよ。
うちも『MORINAKA』の要求に、普通以上の体勢で応えてきたつもりだし、
仕事だってしっかりやってきたの。その挙句にこれでしょ。
だからもう結構だと、そう言ってきました」


本当に、社長は契約を打ち切ったのだろうか。

誰も言葉を発することなく、1秒ずつが重なっていく。


「栗丘……」

「はい」

「お前がこの工場に入った時にはどうだった。『MORINAKA』の仕事はあったか?」

「……いえ」

「そうだろう。小さな仕事ばかりだったけれど、コツコツやってきたじゃないか。
ホームページが出来たおかげで、たくさんとは言わないが、量も増えた。
うちは、元々娘しかいなくて、
その娘も好きだという男のところに嫁にやってしまったからな。
誰もこの工場を継ぐという跡取りはいないし、残さないとならないプレッシャーもない。
だから、信頼を築けないような企業と、不利な仕事などする必要はないわけだ」

「社長、でも……」

「俊祐、お前のことも歩のこともちゃんと考えた。
もし、『MORINAKA』との契約が切れて、仕事が減って、
経営が成り立たなくなるとしたら、給料を払えなくなる前にきちんと相談するから。
俺が付き合いのある工場に、再就職の話もつけてやる」

「社長……」


栗丘さんも、赤石さんも、社長と奥さんの言葉に、何も言えなくなる。

『半田自動車整備』は、このまま消えていく方向に、歩き出すのだろうか。





僕が望まない方向に、本当に、話が動いてしまった。



【14-6】

小さな工場と、大きな企業。
笑顔の裏にある、哀しみの思い。歩は自らの心に、今何が必要なのかと問いかけて……
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