15 思いのすべて 【15-5】

【15-5】

「椎名保久です。娘がいつもお世話になっておりまして。
もう少し早くにご挨拶をするべきところなのに、すっかり遅れてしまいました」

「いえいえ、お世話だなんてとんでもないです。
遥ちゃんはとってもいいお嬢さんで、親しくさせていただいているだけですから」


僕が自転車で遅れて戻ると、すでに挨拶が始まっている状態だった。

久しぶりの『パール』登場に、栗丘さんも赤石さんも嬉しそうにからかっている。


「お前、また大きくなったな」

「全く、これ以上でかくなると大変だぞ」

「大きくなりましたけれど、言うこともしっかり聞けるようになりましたよ。
前のように、どこにでも走っていって、ぶつかることはなくなりました」

「ほぉ……」


机の上には、あれこれ色々なものが置いてあり、

手書きのメモが、ホワイトボードに張り付いている。

そこには赤石さんが描いた、色っぽい女性のイラストまで残っていて。

『椎名物流』のオフィスとは、あまりにも違うだろうが、これが僕らの職場。

今更、着飾ることもないし、繕うこともない。


ここで、精一杯毎日、出来ることを積み重ねること。

それが、少し前に椎名さんのお父さんに言われた言葉に、通じるのだろう。



『努力をすること』



椎名さんのお父さんは、事務所のあちらこちらを見ながら、

奥さんの出したお茶を飲んだ。


「申し訳ありません。ごちゃごちゃしていて」

「いえいえ、懐かしいなと思いながら、ついあちこち見てしまいました。
挙動不審の親に見えますね」

「あら、こんな場所が懐かしいのですか?」

「懐かしいですね。私は自分が21の時に、父親が持っていた小さな倉庫を使い、
商売を始めましたから。『椎名物流』もスタートはこれくらいの事務所でした」

「そうなのですか」

「はい」


今でこそ、いくつかの国と取引をする会社になったけれど、

原点はこういった事務所の机と電話だったのだと、

椎名さんのお父さんは懐かしそうに語った。

大きな会社の社長さんだから、威圧感のある人だと勝手に思っていたが、

会う前のイメージとは全く違う人で、僕の中にあった大きな不安や緊張がほどけていく。


「遥から、いつもこちらのお話は聞いておりました。
いやぁ、全く、炊飯器でまともにご飯も炊けなかったのかと、
いささか頭を抱えさせられましたが……」

「お父さん、今は出来てますから」

「あぁ、わかってるよ。母さんもその話を彬から聞いて、目が丸くなっていた。
これからは少し教えなければと、そう言ってたし」

「教える?」

「あぁ、鰺と鯖との区別がつかないようでは困るだろ」


椎名さんは、それくらいはわかると、回りを意識しながら言い返した。

遠慮のないやり取りが、本物の親子なのだとそう思う。


「色々と教えなければならないと思っても、実際には夫婦で仕事があり、
すぐには飛んでこられません。どうか、これからも娘に色々と教えてやってください」

「いえいえ、こちらこそ。本当に縁をもてたことが嬉しいと思っていますので」

「ありがとうございます」


椎名さんは、これ以上余計なことを言わないでと、

お父さんの腕を引き、そろそろ帰ったらどうだと急かし始めた。

彬さんは今更恥ずかしがっても仕方がないだろうと、横で笑っている。



『歩……』



僕の両親が生きていたら、こんなふうに接する時間があったのだろうか。

父と一緒にお酒を飲んだり、仕事の愚痴を語ったり、

そしてまた、男の先輩として、励ましてくれることもあっただろうか。


「後藤君」

「はい」

「君も目標を持って、頑張りなさい。
技術者というものは、追求すればするほど進歩する」

「……はい」

「まぁ、真面目そうな男で正直ほっとしたが……」


奥さんは、僕が真面目であることは、自分が保証すると必死にアピールし、

椎名さんのお父さんも嬉しそうに頷いてくれた。

30分ほど事務所に滞在した二人は、彬さんの運転で帰っていく。

椎名さんと『パール』は、僕らと一緒に並び、車が消えるのを見送った。





「次、こっち」

「はい」


僕達はまた、仕事をこなしていったが、1台が終了して事務所を見ると、

奥さんと椎名さんは、いなかった日々のことを話し合っているのか、

何やら楽しそうに笑っていた。

横のソファーで『パール』は幸せそうに眠っていて、

社長は工場と事務所を行ったり来たりする。


彼女の楽しそうな顔を見るのは、どれくらいぶりだろう。

日々としてはたいしたことがないはずなのに、

動いた出来事があれこれあったからか、

それ以上のものが積み重なっている気がしてしまう。


「歩、バンパーの傷、完了か?」

「はい、完了です」


僕は、確認作業を終え書類にサインをすると、

壁につけてあるクリップに紙を挟んだ。



【15-6】

初めて見た時から、僕は君に惹かれていた。
思いを送り出した歩に、新しい風が吹き始める……
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