16 心の闇 【16-3】

【16-3】

「ごちそうさまでした」


なんとかアパートに戻り、祖母より遅れた食事を取った。

僕の食器を片付けるつもりなのか、祖母は立ち上がる。


「ばぁちゃん、いいよ、僕がやるから」


僕は、その日の後片付けを引き受け、流しの蛇口をひねった。

スポンジに洗剤をつけ、油汚れがなくなるまで洗い、それを何枚か続けて水に流す。

目だけを祖母の方に向けると、洗濯物をたたむ小さな背中があった。



祖母に聞けば、何かがわかるだろうか。

この疑いの思いを消すだけの、事実はあるのか。



「歩……」

「何?」

「来週、『癒しの和』のお仲間さんが持つ別荘に、
遊びに行かないかって誘われたけれど、行ってもいいかね」

「別荘? へぇ……すごいね、どこにあるの」

「湯河原だって聞いたよ」

「湯河原か、ばあちゃんの体調がいいなら、行っておいで」

「うん」


何気ない会話の中に、話を織り交ぜてみようかと思ったが、

そこから先には言葉が続かない。

もし……

祖母が、僕の出生を疑問に思っていないとしたら、

わざわざ心配をかけることにならないだろうか。

血液型がどう子供に影響するのかなど、この年で理解できないかもしれない。


「温泉も家のお風呂に引いているらしいんだよ」

「ふーん……」


僕を育て、やっと一息ついている祖母に、今ここで勢いのまま、

話せることではないと思えてくる。


「じゃぁ、行ってくるからね、遠慮なく」

「あぁ、そうして」


僕は全ての皿を洗い終えると、襖を開け、部屋へ入った。

ベッドに寝転び、天井を見る。



素人の少ない知識で考えると、『AB』と『A』の子供が『O』なのはありえない。

データだけを信じ込めば、僕は、亡くなった両親の子供ではないということになる。

父親の血液が『AB』なら、母親が何型であっても、『O』型にはならないので、

亡くなった母が僕を抱え、父と結婚したと思えばしっくりとくる。


「違うな、きっと」


僕は自分の考えに、首を振る。

両親の結婚は、僕が産まれる前だ。それは祖母からも聞いていたし、

母が事故の時にしていた指輪に日付が残されていたのが、記念日だとあとから知った。

だとすると……


ポケットに押し込んだままの携帯が揺れ、僕はそれを開いた。

メールの送り主は椎名さんで、何かあったのかと文面を開く。



『今日も無事に仕事が終わりました。実はね、引っ越しの後、
あれから父が電話をかけてきて、部屋に後藤さんがいないかどうかと、
しつこく聞いてきたの(笑)』



椎名さんのお父さん。

自分ひとりで、小さな会社を大きくした人。

始めは、跳ね返されるだろうと思っていたけれど、

僕が彼女と付き合うことを認めてくれた。

『努力』することが一番大切なのだと、そう教えてくれた。

彬さんのさっぱりとした性格も、妹である彼女の正々堂々とした性格も、

あのお父さんからの影響が大きいのだろう。



僕は……



この僕は、いったい、どういう人間なのか。

何もかもが大きく崩れていくようで、その日はしばらく眠れなかった。





「実習生?」

「おぉ、昔からの知り合いがな、自動車整備の学校で講師を務めていて、
秋田で工場経営をしている息子さんの、仕上げ実習を手伝ってくれないかと言われてさ、
それならうちでどうだって、話しになったわけだ」

「倫太郎さんの同級生なのよ、その先生っていうのが」


次の日、僕が工場に出勤すると、

引き受けることになった実習生のことが話題になっていた。

いきなり実家の中に入れてしまうと、甘えが出てしまうのではないかと親が心配し、

勉強を兼ねた仕事に着かせてくれる場所を探していたのだという。


「うちもね、年間で一人を雇うのは大変だけれど、
あくまでも実習という見習いの形なら、役に立てるかもって、社長が決めてきたのよ。
どう? みんな」


奥さんはまず、栗丘さんに尋ね、そして赤石さんの意見を聞いた。

栗丘さんは、『TEA』さんの縁で流れてきた『ハウジングネット』の仕事もあり、

人手が増えるのはいいことだと後押しする。


「俺もいいですけどね、そいつ、ちゃんと役に立つんですか?」

「まぁね。まだ学生だから、全て俊祐と同じようには出来ないでしょうけれど、
そこはさぁ、俊祐の広い心で、面倒見てやってよ」

「……俺の心ですか」

「そうそう。ほら、歩だって俊祐のおかげで、一人前になってきたでしょう」


奥さんは、赤石さんの気持ちを前向きにさせようと、おだて始めた。

赤石さんは、腕組みをし、そうかもしれないと頷いている。


「そうですね……確かに、歩は俺が手取り足取り、色々と教えてきましたから」

「うん……」


栗丘さんは、僕に近付き、何か言ってやれと笑いながら肘で脇を叩く。

僕は、言えませんと首を振った。



【16-4】

『真実』の前に、ひとりたたずむ歩。
追うべきか、そらすべきかと考えてみるが……
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