17 心のつながり 【17-4】

【17-4】

報告書を見つけ、血液型を知ってから、心のどこかで覚悟していたはずなのに、

献血センターや、祖母の態度に、行き着く先がどこなのか、

すでに気付いていたはずなのに、こうして言葉にされてしまうと、

逃げようのない現実なのだとわかり、涙が浮かんでくる。


「……ごめんね、歩」

「いえ、続けてください。知りたいと言ったのは、僕ですから」


そう、事実を知りたいと願ったのは、僕自身だ。

何を語られても、しっかり受け止めなければ、揃って語ろうとしている二人に悪い。


「景子は、結婚して子供を2度流産してしまったの。
医者からは子宮の状態がよくないから、子供が育たないとそう言われて……」


奥さんと母は、病院で知り合ったと聞いていたが、

実はこの入院時に知り合ったのだと、初めて聞かされた。

奥さんも晴美さんを出産した後、子供を流産し、入院したのだと言う。

耳鼻科でも、外科でもなかった。


「それからしばらくして、景子から連絡があった。
私たちのところに、宝物がくることになったって、それは興奮状態で」


『宝物』。それが僕のこと……


「どういう事情なのか、どこでそういう話になったのかは、何も聞かなかった。
私にとっては、子供を欲しくて欲しくて仕方がなかった景子が、
子供を育てられることになったという事実だけで、それだけで十分だったし、
産まれる瞬間なんて見ていなければわからないでしょう。
だから、子供を持てることになったということを、素直に喜んだの」


母は、まだ首の据わらない僕を愛しそうに抱きしめ、ここに来たと言う。


「真っ赤な顔をして泣く歩が、本当にかわいくてね。
嬉しそうに抱きしめて頬を摺り寄せる景子の顔は、今でも忘れられない。
自分の責任で、子供を持てなかったと泣いていたあの日に比べたら天国だもの。
だから、その時から、歩は景子と克信さんの息子だったの」

「歩とつけたのも、二人だと、そう言っていたな」

「うん……」


僕の名前をつけたのも、亡くなった父と母だった。


「夢に向かって、一歩ずつしっかりと大地を踏みしめて歩いて欲しいと、
そう願っての名前だって、言っていたわよ」



『後藤歩』

『夢に向かって、一歩ずつ……』



それが僕の名前の由来。

僕はそんなことも、親から聞いたことはなかった。

家族でいられる時間がこれだけあっさりと無くなるなど、何も考えていなかったから。


「血液型のことはね、景子も気にしていた。
きっと、いつか……歩が事実に気付くだろうって。
だから、歩が大人になって、愛する人が出来る頃には、
話してやりたいと言っていたけれど、あんなことになってしまって、
そのチャンスがなくなってしまったの」


チャンス……

確かに、父と母から事情を聞く機会は、永遠にこない。


「歩……」

「はい」

「申し訳ないけれど、私たちもこれ以上のことは何も知らないの。
どういういきさつで、あなたが二人のところに来たのかも、
あの当時、何も聞かなかったから。辛い事実を知ってしまって、
疑問を全て晴らしてあげたいところだけれど、なんだか中途半端になってごめんね」

「……いえ」

「二人が歩に語るときには、その辺も話すつもりだったのかもしれないがな。
今となっては……」

「そうね」


本当の親が誰なのか、社長や奥さんも知らなかった。

僕の名前も後藤の両親がつけてくれたというのなら、

本当に生まれたてくらいで、二人のところに来たのだろう。

そうなると、生まれる前から、すでに約束が出来ていたと思うべきだろうか。



なぜその人は、僕を手放したのか。

僕は、その人にとって、望まれた子供ではなかったからなのか。



知りたかった真実を知っても、またあらたな疑問がわきあがる。


「歩」

「はい」

「でも本当に、本当に、二人はあなたをかわいがっていたのよ。
だから、二人の愛情を疑ったりしないで」

「疑うだなんて……」


疑うなどと、思ったことはない。

今でも、色々なことが間違っていて、あの二人が本当の親であって欲しいと、

心の底から願っている。


「歩の幸せだけを、二人が考えていたことは、俺たちが保証する。
な……愛美」

「うん」


僕にとって、語られたのは悲しい事実なのだけれど、

その反面、何かを一つ乗り越えた、そんな気はした。

僕はバラバラになりそうだった思いを、一つにまとめようと息を吐く。


「ありがとうございました」

「歩……大丈夫か」

「はい」


大丈夫なのかと言われて、『はい』と返事をしてみたが、

何が大丈夫で、何がそうでないのかはよくわからない。

でも、ここで悲しんだり取り乱したりするのは、

僕を思い語ってくれる二人に、

そしてどうしたらいいのか迷い続けた祖母に申し訳ない。


「りつさんからはね、昔、言われていたの。歩がその事実を知ろうとしたときには、
ぜひ、私たちから語ってくれないかって。自分が話そうとしても、
きっと冷静に語れないはずだからって」

「祖母が?」

「そう……ほら、ちふみちゃんと付き合いだして、
もしかしたら二人が結婚するかもって、りつさんは考えていたから。
そうすれば自然と子供が生まれるだろうし、血液型のことも、気付くはずだって」


祖母は、両親が亡くなってから、血のつながらないことをわかったうえで、

僕の面倒を見続けてくれた。


「ばあちゃんは、何もかも知っているのでしょうか」

「りつさんも、歩の産みの親については知らないはずよ」

「そうですか……」


両親がするはずだった仕事まで、あの事故のせいで両肩にのしかかってしまった。

こうなる日をどこかで不安に思いながら、毎日を積み重ねてくれていたのか。


「ばぁちゃん、つらかったのかな……」

「……何を言っているんだ、歩」

「そうよ。りつさんは、歩を育ててきたこと、後悔なんてしていないわよ。
克信さんと景子が、どれだけあなたを迎えて喜んでいたのか、
それを身近で見て、知っているのだから。ほんの数日しか一緒にいなかった親と、
必死に病気のときでも見守って、笑って怒ってきたあの二人と、
どちらが親なのかって言われたら、間違いなく景子達でしょう」

「……はい」


子供が持ちたかったけれど、持てなかった二人。

僕は、本当に二人の『宝物』になれていたのだろうか。

迷惑ばかりかけ、恩返しをすることもなく、別れてしまったのに。


「あぁ、景子から本当の全てを聞いておくべきったね、なんだか私のほうこそ、
惑わせているようで……ごめん」

「いえ、そんなことはありません」


何もかもを聞けば、きっと気持ちは晴れるだろうと思っていたのに、

やはり、どこかに何かが引っかかっている思いだけはぬぐえない。

それでも、精一杯の告白をしてくれた社長夫妻のためにと思うだけで、

その日の午後は、驚くくらい仕事に集中できるようになった。



【17-5】

過去と向き合おうとする歩。
そして、また新しい風が吹き始め……
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