17 心のつながり 【17-6】

【17-6】

「あらためまして、生田寛一と申します。よろしくお願いします」


次の日、実習生の生田君が正式に工場へやってきた。

赤石さんが片付けたロッカーに荷物を置き、すぐに髪型を整える。

初めての日は、簡単な車の清掃から教えることになり、僕は彼にクロスを手渡した。


「まずは、納車予定の車を拭くから、手伝って」

「はい」


埃を払うクロスと、光沢をつけるクロス。両手に持ちながら作業をする。

全体を見ている時には気付けなかった小さな傷や、塗装のかけたところがないかどうか、

自分の目で最終確認をするためだ。


「時間はかかるけれど、クロスはあまり大きく動かさず細かく動かした方が、
綺麗になるから。とにかく集中して作業をしてください」

「拭けってことですよね、ようするに」

「そうだけれど、それだけじゃないんだ。ここで車の状態を確認しておかないと、
あとからここに傷があるとか、お客様と揉めかねないから」

「はい……」


作業は集中力。

それは社長にも栗丘さんにも、いつも言われ続けている。


「後藤さん」

「何?」


どこかに傷でもあったのだろうか。僕は手を止め、立ち上がった。


「あの人、ほら、椎名さんって言いましたよね、この間事務所で会った彼女」

「……うん」

「彼女って、彼氏いるんですかね」


『細かく集中』というキーワードを告げてから、また1分くらいしか経過していない。

それなのに、口から出てくるのがその質問かと思いながらも、

ここは冷静に対処すべきだと、僕の頭が反応する。


「いるんじゃないかな」

「後藤さんってことですか」


納車を挟んだ僕の本能が、理性に勝った。

僕は、すぐに生田君、いや寛一を強い視線で見てしまう。


「……って思ったんですよね、この間」

「手を動かせ、仕事中だ。集中しないとならないと今、言ったばかりだろ」

「否定しないって事は、そうだってことですよね。
どれくらいですか、付き合って」

「仕事に関係ない話をする必要はない」


どれくらいも何も、まだ、動き始めたばかりだ。

お前にあれこれ語る必要はない。

これ以上、あいつの顔を見ていると、また何か吹っかけてくる気がして、

僕は腰を下ろし、作業の続きをし始める。


「怒っちゃいましたか? なんだか、余裕……ないっすね」


車の右と左に別れていなかったら、胸倉でもつかんでしまったかもしれない。

それほど、無神経にピリピリと、アイツのセリフは障ってくる。


「だったらなんだと言いたいんだ」


僕達がまだ付き合い始めたばかりで、僕自身に男としての余裕がないのだとしたら、

だとしたらどうすると言うのだろう。


「俺、押してもいいですか」


ここはどこだろう。

確か、職場だと思っていたけれど。

それに、仕事中だと僕自身は認識しているが。


「押す?」

「はい。彼女のこと、一目で気に入ったので」

「相手の気持ちを確かめずに、押すのか」

「気持ちなんて、動きますから」

「動く?」

「信じていたものも、次の日には何も信じられない……ってこと、あるでしょう」


自分で会話を切るために腰を下ろしたはずだった。

これ以上、話に付き合うのは馬鹿げている気がして、

返事もしないまま僕は車を拭き続ける。


「人生、一度きりですから、思ったことはやってみないと」


僕は黙ったままでアイツの言葉を逃がしたが、

寛一は、その緊迫した状況など気にならないのか、何やら楽しそうに歌を歌い始めた。





『余裕……ないっすね』



腹が立つ言い方だけれど、確かに余裕などない。

ここのところ、血液型のことがあって、

正直、あれこれ他のことを考えることが出来なかった。

大きな靄は消したけれど、完全になくなったといえばウソだった。


あれから何も言ってこない拓のことも気になっていたし、

微妙な会話をしたままの、ちふみのことも気になった。


「栗丘さん、まだ昼にしませんか?」


寛一は、左手で工具をグルグル回しながら、別の車をみる栗丘さんのそばに座った。


「もう少しだ。途中で終わると、どこまで行ったのかがわからなくなるだろう」

「なりますか? 普通」

「おい、生田。先輩にどういう口の聞き方をするんだ」


つい、言ってしまった。

しょっぱなから腹の立つことを言われたからだろうか、こいつの仕草一つ、

発言一つが気に障る。


「工具をやたらに振り回すな。
もし、手から外れて、車に当たったら大変なことになるぞ」


傷をつけてしまうことももちろんだけれど、金属なだけに、

部品にダメージさえ与えかねない。


「はい、すみません」


生田は諦めたのか工具を箱に戻し、ベルトの紐をもう一度締めなおす。

結局、昼の休憩はそれから30分後に取ることとなった。



【18-1】

過去と向き合おうとする歩。
そして、また新しい風が吹き始め……
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