18 分かち合い 【18-3】

【18-3】

口を強く結んだ椎名さんが、入ってくる。


「お……」

「生田さん、そんなふうにしか思えないのなら、仕事を辞めた方がいいですよ」

「椎名さん」

「あなたが担当した車に乗る人たちが、不幸になるので」


僕達の話を、どこから聞いていたのだろう。

椎名さんは、前へ出ると決めたときには、何も恐れずに突き進んでしまう。

彼女の迫力に、生田は姿勢を正すと、数秒後、無言のまま、

目の前でいきなり立ち上がった。

そのまま彼女に危害でも加えるのではないかと、僕も立ち上がり、

とりあえず、すぐに守れるよう、椎名さんの手を自分の方へ引っ張った。


「……お疲れ様です」

「……はい」


生田は、自分が座っていた場所を軽く両手で払うと、どうぞと椎名さんに譲ってみせた。

そして急須と湯飲みを取り出し、お茶でも入れましょうかと話を変える。


「お茶はいりません。『パール』を連れてすぐに帰りますから」

「そうですか。いいですね、そういう強気な顔も……」

「ふざけないでください」

「ふざけてはいません。素直に言っただけです」


生田は、デスクに置いたプリントを取り、ソファーに腰かけた。

僕はとりあえず何も起こらないことにほっとして、彼女の手を離す。


「生田さん」

「はい」

「失礼な言い方なら、ごめんなさい。
でも、嫌ならやらないほうがいいと思うのは本当です」


生田は椎名さんの方を見ることなく、プリントに視線を落としたままでいる。


「誰でも、好きなことを仕事にはしていません。
だから、笑ってばかりはいられないと思います。
でも、仕事の中には、簡単な気持ちでやってはいけないものがあると思うから」


椎名さんはそういうと、僕の方を見た。


「人の命を守るための車が、整備の不足で暴走することもあります。
幸せが一瞬で、崩されてしまうこともあるのですよ」


そう、仕事に出かけたあの日の二人を、車は簡単に奪っていった。

そのために、僕の家族は、持てるはずの時間を持てなくなった。


「私は、ここのみなさんが真剣に車をみている姿を知っているから、
だから、友達にも仕事先の人にも、大丈夫だと勧めました。
生田さんも実習とはいえ、『半田自動車整備』に関わる人間なら、
同じ思いで仕事をしてください」


どんなにふざけていても、車を前にした時の集中力は、

自慢ではないけれど、みんな自信を持っている。

栗丘さんも、赤石さんも、右から左に仕事を流しているわけではないから。


「すみません、出来の悪い実習生でして」


生田はそういうと、社長の椅子に座り、何やらプリントに書き始めた。

椎名さんはその横を通り、母屋に『パール』を迎えに行く。


「まいったなぁ……」


生田は何がおかしいのか、口元をゆるめて笑い出した。


「俺、別に後藤さんを責めたわけじゃないんですけどね」


そうつぶやきながら生田は用紙を裏返しにして、社長のデスクに残す。

お先に失礼しますと言葉を残し、僕の顔を見ることなく、事務所を出て行った。





『だから、将来有望で、優秀な兄貴には、別の道を歩ませた。
だってね、あふれる才能が埋もれるじゃないですか』


兄弟だからといって、なにもかも同じになるとは限らない。

僕は、少しだけ聞いたあいつの事情に、なんとなく思いが入ってしまい、

強く責められないままになってしまった。


「ほらほら、『パール』」

「『パール』、また滑るから」


母屋から奥さんと椎名さんが姿を見せ、一緒に『パール』が飛び込んできた。

軽く事務所を1周回り、僕の下でゴロンをお腹を見せている。

奥さんは、生田の残した用紙に気付き、何が書いてあるのかと表を見た。


「は?」


僕は足元で転がった『パール』をなでながら、どうしましたかと尋ねてみる。

「今日学んだことって欄に書いてあるんだけど。
『バーナーの火花と、恋する女は綺麗だということ』だって。
何よこれ、どういうこと?」


僕は、少し言いすぎたかもという顔をした椎名さんを見ながら、

おかしくなってしまう。


「後藤さん、また笑ってます」

「ごめん……あいつ、なかなかなヤツだよ」


椎名さんもそう思いますと笑顔になり、状況が理解できない奥さんだけが、

これを提出していいのかと、首を傾げていた。



【18-4】

会えなくなったから、思い出は綺麗なのだろうか。
時間を振り返りながら、歩は今を歩き出す。
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