18 分かち合い 【18-6】

【18-6】

何かを話しだすと、いつも生田はこういうポーズを取る。


「親の意地……か」

「はい。ここまできたら卒業してやって、まぁ、納得してもらおうかと」

「でも、栗丘さんも褒めていたよ。お前の器用さと集中力」

「……別にどうってことないですよ」

「そうかな」


なんとか話を合わせようとするが、なかなか筋が1本にならない。

整備士になりたくないのなら、子供ではないのだから、さっさと逃げ出せばいいのに、

生田はそれをしないまま、時間だけを重ねてきたのだろう。


「後藤さんの親は、こんな仕事に就くことを喜んでいるんですか」


整備士として働くこと。

あの事故の頃には、そこまで具体的に思ってはいなかった。

むしろ、事故があったからこそ、この道を目指したと言ってもいいくらいだ。


「さぁ、どうかな」

「どうって、聞かないんですか。もしかして、俺と同じですか?
後藤さん、そういう風には見えませんけど」

「そういう風ってどういう意味だよ」

「親と、何をしても正反対の方を向いているってことです」


『親』という響きに、どこか緊張する自分がいた。

今までは当たり前のように、亡くなった二人の顔を浮かべていたが、

他の人間からこの言葉を出されると、どうしても記憶の隅まで埋め尽くせない感情が、

また少しずつわきあがる。


「わからないな、それも」

「わからない?」

「僕は、中学2年の時に、事故で親をいっぺんに亡くしているから。
今更、聞こうにも聞けないんだ」


僕がやりたいと言うことに、二人が反対したとは思えないけれど、

どんな夢をそれぞれ持ってくれていたのかまで、今になっては何もわからない。


「事故って、車ですか」

「うん。乗っていた軽自動車が、暴走車に潰されてしまった」

「へぇ……」


PCメールが届き、僕はマウスでクリックする。

新しい修理の依頼は、先日車検を受け持った個人タクシーからの紹介らしい。



「……楽ですね」



『楽』

一瞬、何を言われたのかがよくわからなかった。

どういうことか問いかけようとした僕に、

生田は『親がいないのなら楽ですね』と繰り返す。

そのセリフに、胸の奥をえぐられた気がした。

親がいないことが、恵まれているとでも言いたいのだろうか。


「楽……って」

「違いますか? 思いを勝手に押し付けるだけの親なんて、トラブルの元だけですよ。
お前の人生だなんて言っているくせに、しっかりと干渉してくるし、
結局、どこかにレールを向けようとする」


生田は僕を見ることなく、そう言い切った。

ポケットからタバコを取り出すと、口にくわえようとするが、その手を下に向ける。


「後藤さんの中にいる親は、亡くなっているのならさぞかし綺麗なままでしょ。
優しくて、あたたかくてって……」


生田はそういうと立ち上がり、なぜか事務所の扉の前に立った。

左右を見た後、また席に戻ってくる。


「こういうときに、椎名さんが飛び込んでくる気がしましたが、
今日はまだみたいですね」


時計を見ると、確かに少し遅かった。

生田は、書き終えたレポートを封筒にしまう。


「クッ……」


生田は何がおかしいのか、そこで我慢しきれずに笑い出した。

今の話の中に、笑われる理由があるとは思えずに、黙ってしまう。


「そうか……それでなんだ。
ほら、この間、椎名さん俺に整備士の仕事を辞めろって言った時、
自動車が事故になったら命を奪うって、必死に訴えていたでしょう。
あれだけ頑張って訴えるのはなぜだろうと思っていたけれど、そうか、そういうことか」


生田はデスクを片付けながら、何度か小さく頷いた。


「そっか、惚れている後藤さんの事情を知っているから、だから頑張ったんだ。
健気だな、ますます俺が惚れちゃいそうですけど……」


生田は社長の机に、封筒を置き、自分のバッグをつかんだ。

そこまで笑っていた顔は険しいものに変わっている。


「後藤さん……年が一番近いからとか、
くだらない理由で俺と無理に話をあわせる必要もないですし、
気もつかわなくていいですよ。疲れるでしょ」

「生田……」


使命感というのではないが、確かに自分が和ませようという思いはあった。


「正直、『親』はどうのこうのとか、『家族』がどうのこうのとか、面倒です」

「そんなふうに……」

「後藤さんみたいに不幸を背負っているような男は、もてるんですよ。
でも、俺は嫌いです」



『不幸を背負っている』



「親を亡くしたけれど、そのために夢を決め、頑張って整備士になってって、
確かに話を聞けば子供の鏡でしょう」


生田は感動ドラマの筋書きのようだと言い続け、僕の横を通り過ぎる。


「申し訳ないですけど、小さい頃の思い出を語ったからって、
俺は親はいい人だなんて思いません。後藤さんのように、美化できる過去なら、
それもありでしょうけれど」

「美化できる過去って、生田、お前」

「亡くなったから、失ったから綺麗なところしか残らないのですよ。
後藤さんの親だって、今頃生きていたら、あれこれ言ったかもしれないでしょう」


僕の行き方に対して、親が意見をしていたとしたら、

生田のように、恨んだり避けたりしていただろうか。


「まぁ、後藤さんの考えまで変えようとは思いませんから、
どうぞこれからも『親は偉大だ』って、思い続けてください。
でも、そう思えない人間も間違いなくいますから」


生田はポケットからカギを取り出し、一度だけ時計を見た。


「あぁ、もう、今日はここまでにします」


僕の反論を聞くつもりはないと、生田はいきなり両手を大きく広げた。

背中が光りを遮り、僕の手元が暗くなる。


「後藤さんとこうして話していると、また椎名さんが血相変えて出てきそうなので。
そうしたらまた俺が悪者でしょ。引き立て役には、なりたくないですから。
では、失礼します」


生田はそのまま事務所の扉を開くと、こちらを見ることなく出て行ってしまい、

数分後には、バイクのエンジン音が響きだし、そのまま消えていった。



【19-1】

会えなくなったから、思い出は綺麗なのだろうか。
時間を振り返りながら、歩は今を歩き出す。
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