20 天使のはしご 【20-2】

【20-2】

『TEA』さんは、世界で活躍する歌手を目指し、前しか見てこなかった若い時代から、

今、このときを迎えるまで、色々な後悔と戦ってきたと語り始めた。

僕ら世代でも『こうすればよかった』という思いは、どこかにある。

人生を積み重ねてきた年代の人たちなら、1つや2つの後悔くらい、

誰にだってあるだろう。


「大切なものは、無くしてみて初めてわかることもあります。
それでも、その場所に戻ることは出来ないから、強がってでも前を向き続ける。
クリスマスは楽しい時間ですけれど、年の終わりが近いこともあって、
ちょっぴりこうした後悔も、湧き上がってくるときではないでしょうか……。
そう、私にとっても……」


そして、伴奏が始まった。

僕の鼓動は一気に速くなる。


「思い出す出来事が……あるのです」

「後藤さん……」

「うん」


『IF WE HOLD ON TOGETHER』

『TEA』さんは、この曲を選んでくれていた。



「私のこの曲が……『天使のはしご』を伝って、あの人へ届くように……」



『天使のはしご』



雲の間から、太陽の光りが漏れてきて、それが線に見える現象。

空からの道が出来ているように見えるから、そう呼ばれている。

『TEA』さんにも、失ったものがあるのだろうか。



人は、いつも平凡な時間ばかりを過ごしているわけではない。

急に困難が襲うこともあるし、耐え切れなくて涙を流す日もある。

でも、それに負けずに立ち上がり、自分を信じていけば、

必ず……道は開けてくる。



一人で乗り越えるのが難しいことでも、大切な人と一緒なら……

きっと乗り越えていける。



演奏の途中で、隣に座る遥さんの手が、僕の左手に重なった。

この曲を聴くと、僕が亡くなった親のことを思い出すと話したことを、

彼女は覚えていてくれているのだろう。

彼女の体温が、震えそうになる手を、包み込む。


「……ありがとう」


僕がどこで生まれ、どうして産みの親と離されたのか、

それを伯父に聞けたとしても、いや、何もわからなかったとしても、

立ち止まるまいとあらためて誓う。




僕は……過去も今も、一人ではないのだから。




それからも『TEA』さんの見事な歌声が続き、ディナーショーの時間は、

あっという間に終わってしまった。





会場のホテルを出てから、僕達はイルミネーションの下を歩いた。

今、このときが特別であることを受け止めながら進むと、

遥さんが少し照れくさそうに笑い出す。


「何?」

「はい」

「何? これ」

「お誕生日、おめでとう」


遥さんは、バイクに乗るときに使える手袋だと、説明してくれた。

僕の誕生日の話は、一度もしていない、どうして知っているのだろう。


「どうして今日だって知ってたの。話したことないよね」

「はい。社長の奥さんにお聞きしました。そういえば……って調べてくれて。
だから今日はお休みになったんですよ」

「……そうなの?」

「はい。おじ様もわかっていて、今日のチケットを取ってくれたのではないですか?」


『来なくていい』と何度も言われたのは、こういう理由からだった。

遥さんは、僕に小さな袋を渡してくれる。

誕生日を意識するのも久しぶりだし、こうしてプレゼントをもらうことも、

ずいぶんなかった。


「ありがとう」

「大事な、大事な手ですから……しっかり守ってくださいね」

「うん……」


『MORINAKA』に納車へ行った日。どこで作ったのかわからない傷があり、

遥さんはいつもこうして怪我をするのかと、心配してくれた。

ずいぶん前のような、ついこの間のような……


「うわぁ、かわいい、見てください」


ホテルから駅へと続くこの道は、クリスマスシーズン以外にも、

人通りが多い場所として有名だ。かわいらしい動物のオブジェが並び、

その華やかなイベントを、さらに盛り上げる。


「うさぎもいるし、ネコもいますね」

「うん……」

「あ……」


遥さんの視線の先には、小さな白い犬のオブジェが、サンタの帽子を被り、

きちんとお座りをしている状態になっていた。

僕は『パール』のことを、ふと思い出す。

あいつが白い犬だったから、茂みの中にいるのもすぐにわかった。

もし、黒い犬だったら、気付かずに通り過ぎていたかもしれない。


「『パール』の貼り紙、何を書いていたのか覚えてますか?」

「貼り紙? 僕の電話番号とアドレスと、
小さな白い犬を差し上げますってことだと思うけど」


帰る家のないかわいそうな子犬を、どうにかしてやりたくて、

僕は、いらないカレンダーの裏に、とりあえずそれだけを書いた。



【20-3】

冬は寒く、雪は冷たいけれど、
信じる心があれば、怖いものは何もない……はずだから。
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