20 天使のはしご 【20-6】

【20-6】

いびつなおにぎりや、天ぷらでのやけどを思い出したけれど、味はちゃんとしている。


「美味しい、大丈夫だよ、みんなに出しても。自信を持って」

「本当?」

「うん」


いつの間に、上達していたのだろう。

彼女のことだから、毎日、時間がある時に、

失敗しては作ることを繰り返したのかもしれない。


「おやつにでも、食べてください」


お菓子の本を買っていた頃は、まだ枯葉の舞う季節だった。

春に子犬を通じて知り合い、季節を一つずつ歩いている。



あの川沿いの道路で、桜を見る季節も……

この寒い冬を通り越せば、やってくるのだ。


「おぉ、遥ちゃんもこうしたものが作れるようになってしまったのだね」

「なんとか形になりました。この1年、みなさんにお世話になりっぱなしだったので」

「いやいや」


社長は嬉しそうにカップケーキをほおばり、美味しいという言葉を連発した。

おやつにと言われたのに、栗丘さんも赤石さんも、それはすぐにでもと口に入れていく。


「うん、うん、美味いよ、遥ちゃん」

「よかった」


社長は、そばに座った『パール』におすそ分けをして、すぐに奥さんに怒られる。

戻ってきた生田にも勧めようとした遥さんの手から、

赤石さんはケーキの箱を取り上げ、両手で前に出した。


「はい、寛一さん」

「は? なんですか、気持ち悪い」

「気持ち悪いとはなんだよ、遥ちゃんの代わりに、俺が呼んでやったんだぞ」

「変わらなくていいですよ、俺は椎名さんに呼ばれたいです」


生田はその箱を赤石さんから取り上げ、自分で一つ取ると、

遥さんの方へ戻した。





食事を終えて、事務所を出て行くと、ロッカーがある場所の前で、

遥さんがコンパクトを広げて、何やら気にしていた。


「どうしたの?」

「あ……」


僕に気付いた遥さんが、さらに奥へと腕を引っ張っていく。


「何、どうした」

「ねぇ、歩さん。首……」

「首?」

「うなじの方に、幸せの跡が残ってるって……赤石さんが耳打ちしたの」

「は?」


『幸せの跡』

赤石さんは、わざとそう言ったのだろう。

僕はとりあえず確認するが、当然ながらそんなものはどこにもない。


「ないよ、平気だって」

「本当?」

「本当だよ、そんなものはつけてないから。赤石さんにからかわれたんだ」

「からかわれたの?」

「そう、君がどんな反応をするのか、試したんだろ」

「……ひどい」


少々手荒で、品のないやり取りに思えるけれど、

赤石さんだと、それがエールだと思えるから不思議だ。


「……今、つけようか?」


遥さんは、何を言っているのかという顔をした後、すぐに笑顔に変わった。





その日の仕事も終わり、飛び込みの修理がなければ、今年の予定は全て終了した。

あと、数日は片付けとメンテナンスがあるけれど、それはマイペースに進めていけば済む。

ホームページにも、特に仕事の依頼はないため、確認だけすると画面を閉じる。

生田は目の前で、最後の報告書を書き込んでいた。


「歩さん……かぁ」


生田のつぶやきに、視線を上げる。


「僕は彼女に、家事なんて求めないんですけどね。
なんだか一生懸命頑張っていて、健気なんだなぁ……」


生田はペンを鼻の下に挟み、いつものように天井を見上げた。


「うらやましいですよ、あれだけ一生懸命になってくれる人がそばにいて……」


人の顔を見ないで、ポツリとつぶやくときは、あいつの本音。


「お前にだって見つかるよ、これからきっと」


何も変わらない日々の中に、こんな出会いがあるとは、

1年前なら何も思っていなかった。ちふみとのことがあって、

何かを始めることが、どこか面倒だと思っていたこともある。


「……そうっすかね」

「あぁ……」


静かな時間、FAXが音をさせ、紙が1枚落ちてくる。

生田がそれを取り上げ、社長のデスクの上に置いた。


「僕は、面倒なものを抱えるお前が、うらやましいよ……」


『面倒なもの』、僕はあえてそう表現した。

切っても切れない親という存在は、確かにうるさいこともあるだろう。

でも、何があっても最後まで自分とぶつかってくれるのも、親しかいない気がする。


「……最後まで言いますか」

「あぁ、言うよ。僕はお前に好かれようと思っていないからさ」


生田は天井の方を向いたまま、何がおかしいのか笑い出す。

僕はそれ以上、何も言わずに片づけを済ませ、扉を開けた。


「後藤さん」

「ん?」

「俺、やっぱりあなたが嫌いです」


背中越しに聞こえる声。


「光栄だな……」


僕はそう言い残すと、事務所の扉を閉めた。



【21-1】

冬は寒く、雪は冷たいけれど、
信じる心があれば、怖いものは何もない……はずだから。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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楽しく書けたらいいですね

拍手コメントさん、こんばんは

>恋愛ものだと書いてありましたが、色々なお話に出てくる人たちの心の中まで、
 とても読みやすく書かれていますね。

ありがとうございます。
素人の趣味ですので、どこまで出来ているのか……ですけれど、
読みやすいと思っていただけて、とっても嬉しいです。

創作を始めたそうですね。参考になるのかどうかわかりませんが、
お気楽に遊びに来てください。
コメント、ありがとうございます。