21 約束 【21-4】

【21-4】

事故の報告書を手に取り、全てを読もうとしているのか、また黙ったままになる。


「血液型……か」

「はい」


過去を記憶した1枚の紙が、僕をここまで導いた。


「歩……」

「はい」

「景子は結婚するまで、自分の体のことなど何もわからなかった。
子供を授かっては流産することが続き、病院に行ったが、
体の状態から、出産までたどり着くのが難しいと言われ、本当に苦しんでいた」


苦しむ母の姿など、僕にはあまり想像が出来ない。

事故で亡くなった時の顔でさえ、穏やかなものだった。


「克信君に別れてくれと言ったり、それは色々とあったんだ。
もちろん、彼はそんなことで別れたりしないとそう言ってくれて……」


父は、口数は少なかったけれど、誠実な人だった。

助けて欲しいと願う人がいたら、自分のことなど後回しにしてでも、

手を差し出すような……


「お前は……」


伯父の手から、報告書が離れた。



「養子縁組を斡旋する団体から、引き受けた」



『養子縁組の斡旋』

ニュースなどでは見たことがある。

産んでも育てられない人と、子供が出来ない人との間に入り、養子縁組をする。


「だから、お前の産みの親が誰なのか、申し訳ないけれど私も知らない」




『お前の親は……うちの親父だ』




「本当に、伯父さんは何も知らないのですか」

「あぁ……個人的な情報は、互いに開示しないことになっている。
後から、金銭の要求などをしないことが、団体の規則になっているからだ」




『お前の親は……うちの親父だ』




「本当に……そうなのですか」

「あぁ……」

「だったら、その団体がどこにあるのか、僕に教えてください」

「歩」

「僕が直接、聞きに行きます」

「それは出来ない」

「なぜですか。本人が知りたいと願っているのに、関係のない人たちが知っていて、
僕がどうして……」

「それは無理だ。もう、その団体は解散している」


拓の、あの言葉を信用しようと思っているわけではないが、

伯父のどこか煮え切らない態度が、許せなかった。

これだけ僕が訴えているのに、適当な、それらしい言葉を並べて、

濁しているようにしか思えない。


「何か、隠しているのではないですか」

「隠す? どうして私が」

「父と母が、自分たちでそういった団体を見つけたということですか、
誰が親なのかわからない子供を、引き受けて育てたということですか。
僕は結局……」



親が知らないどこかの誰であっても、



また、ここにいる伯父だとしても……




「僕は……望まれない子供だったと……そういうことですね」




「歩!」


こんなはずではなかった。

事実は事実として受け入れ、新しく一歩を踏み出すつもりだった。

それなのに、直前に拓から出た情報に、頭が完全に混乱した。


もう、どうでもいい。

結局、誰も真実など語ってくれない。

僕の悩みなど、理解してもらえないのだから。


『MORINAKA』を飛び出し、あてもなく街を歩き、

駅前で一番賑わってい場所に飛び込んだ。

うるさい音楽が流れていて、人がごちゃごちゃといてくれたら、

それでよかった。

何もない場所に行けば、僕はまた、どうにもならないことで、悩むことになる。


このゲームセンターは、心が疲れているような人たちの溜まり場となっているらしく、

タバコの臭いばかりが、体の中に入ってくる。

コインを何枚か買って、ガチャガチャとうるさい機械に押し込んだ。

考えることもなくボタンを押すと、何度目かにファンファーレが鳴り、

いきなりコインが落ち出した。

どういう仕組みになっているのだろうか、またしばらくすると同じように音が鳴り、

箱を替えないとあふれるくらいまで、コインが溜まりだす。

これはこのあと、何をすればいいのだろう。


「すごいじゃん、あんた」


化粧ばかりが濃いけれど、みるからに僕より年下に見える女性が、

勝手に隣に座っていた。タバコの臭いに混じり、好みではない香水の匂いが、

さらに気持ちを乱していく。


「ねぇ、タバコ持ってないの?」

「吸わないから持っていない」

「なぁんだ……使えない」


横に置いてあるバッグは、どこかの高校のものに見える。


「君、高校生じゃないの?」

「だったら何よ」

「タバコなんて吸ってはいけない年齢だろ」

「うわぁ……こいつ何? 勝手におまわりさん?」


どこからかやってきたもう一人の女の子が、彼女に注意した僕を、

『正義感をふりかざす男』という意味なのか、勝手に警察官を気取っていると、

鼻で笑い出した。僕が睨みつけると、その子は舌を出し、別の場所へ歩いていく。

これ以上、話をしていると、さらに頭の中が乱れそうだったので、

コインをケースに戻し、やめようとした。


「ねぇ、やめちゃうのなら、このコイン分でさ、あたしと遊ぼうよ」

「……遊ぶ?」


最初に隣に座った高校生は、スマートフォンを取りだすと、

美味しいお店が近くにあるのだと、調べだした。


「食事おごってくれたらさ、さらにプラスで行ってもいいよ」

「は?」

「お兄さん、ちょっとかっこいいし、行ってもいいよ」

「……どこに」

「ラブホ……」


こんなふうに声をかける女性が、本当にいるのだと、初めて知った。



【21-5】

『真実』を前に、苦しむのは、歩だけではなくて……
『なぜ』 『どうして』の思いは、ただ一つの願いに、変わり始める。
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