22 片隅の記憶 【22-5】

【22-5】

「これから高速へ?」

「そう。週末になるとこうしてツーリングするのよ。遠出も結構慣れたの」

「ふーん」


ちふみは、バイクを知り合いから譲り受けた。

手入れがしっかりしていたので、年数ほどの痛みはない。


「元気そうね、歩」

「うん……」


ちふみは、バイクの汚れを拭く僕の顔をのぞき込むようにした後、

急に笑い出した。


「なんだよ、急に」

「ううん、クリスマスも年末も連絡がなかったでしょ。
それなのに元気そうだって聞いて、なんだかおかしくて」

「ん?」

「そっか……」


互いに別れてしまったけれど、一時は一番近くにいた人だけに、

顔色を見ただけで、言葉を聞いただけで、なんとなく考えていることがわかるのは、

当然のことかもしれない。


「時は戻らないんだよね。初めからそう思いながら東京に戻ってきたくせに、
いざ、歩に再会したら、すごく諦めが悪くなってしまってごめんね」

「いや……」

「彼女、お料理進歩したの?」

「うん、まだまだなところもあるけれど、おにぎりはとても上手くなった」

「へぇ……」


そう、お弁当の味付けが、まだまだ安定していないこともあるけれど、

それでも、着実に進んでいる。


「その頑張りを、歩は認めているわけだ」

「ん?」

「ただのお嬢さんじゃないのね」

「……うん」


そう、遥はただのお嬢さんではなかった。

自分にかかる痛みも、相手にかかる痛みもきちんと理解できる、

『ごく普通の人』

だから僕は、彼女を好きになったのだろう。


「ねぇ、どう?」

「うん、音も問題ないな。これなら気持ちよく高速も走れるよ」

「よし、ありがとう」


ちふみはそう言うと、事務所内の社長に頭を下げ、

フルフェイスのメットを被り直した。バイクのエンジン音が、出発だと意気込んでいる。


「さよなら……」


『さよなら』

フルフェイスの中から、少しだけ見えるちふみの表情と、押し出された言葉。

僕はその意味を考え、何度か頷きながら『さよなら』を返す。


「ちふみ」

「何?」

「バイクがいいって言ったからって、あまり飛ばすなよ」

「余計なお世話」


ちふみはそう言うと、軽く手を振り、工場を出て行った。

僕は、タオルを握ったまま、その場に立ち続ける。



彼女を嫌いになったわけではない。

それでも僕は、ちふみとの未来を、もう一度見る気持ちにはなれなかった。



『偶然』というだけで、

世の中にある全ての出来事を、納めてしまうことは出来ないけれど、

その時、その瞬間に誰と会えるのか、めぐり合わせがあるのだろう。



『幸せに』



そう思いながら、冬晴れの空気を、目一杯吸い込んだ。





「どうですか?」

「いい味だよ、上達したね」

「ありがとうございます」


遥と祖母の料理教室も、数回を数えるうちに、まぐれとはいえないくらい、

本当に料理が上達したことが感じられるようになった。


「今まで、何もしなかったことがウソみたいに、毎日楽しくて」

「そう」

「はい。仕事の帰りにスーパーを見るのが楽しみになりました。
閉店前1時間で、半額セールもあるし」

「あらあら、半額セール?」

「はい。あのお店はすごいですね。半分にしてしまうなんて。
思い切りがいいというか……」


遥にとっては、珍しいことなのだろう。

祖母は、僕達の生活には当たり前の話なのに、初めて聞くように優しい顔で頷いた。

遥は楽しそうに話し続け、『パール』は祖母の膝に頭を乗せ、

気持ちよく眠っている。

そんな様子を横になりながら見ていたら、僕もいつの間にか……





「……さん」


どこか遠くで、遥の声がした。

車の調子でも悪くて、ここへ来たのだろうか。


「何? 車の調子?」

「どうしたの? やだ、寝ぼけてる?」

「ん?」


半分開きだった目を、頑張って開けていくと、そこは祖母と住むアパートだった。

目の前には、僕が寝ぼけたことを笑っている遥がいる。


「あはは……やだ、もう」

「……なんだ、夢か」


遥が車の調子を悪くして、『半田自動車整備』に駆け込んだような夢を見ていた。

少しずつ現実がわかり、落ち着きを取り戻すが、

そうなると、目の前で笑っている人の存在が、気になりだす。


「そこまで笑う?」

「だって……」


彼女が楽しそうに笑うので、『パール』のあくび顔まで、何やらにやけて見えた。



【22-6】

普段はしまい込んでいる片隅の記憶、
真実に迫るキーワードが、歩の元に届く。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

更新が止まってるけど体調とか崩されたんでしょうか?
もしそうならお大事にしてくださいね。

こちらは気長に待ってますので大丈夫ですよー^ω^

すみません

ハンコックさん、こんばんは

ごめんなさい。
この回に、次の回への印をつけ忘れていました。
更新は、毎日続いています。
トップ記事から、入ってみてくださいね。

そうだったんですね!
勘違いしてすみませんでした(笑
お元気ならよかったです^^
ありがとうございます。

ハンコックさん、ご心配かけました。
大丈夫です。ありがとうございます。