4 木片の微笑み 【4-2】

【4-2】

戸波さんの工場を出たのは、3時を過ぎた頃だった。

お茶だけで失礼しようと思っていたのに、奥さんがやってきてくれて、

バーベキュー大会が始まり、結局、お昼までご馳走になってしまった。

東京に戻ったら、何かお礼をしないと。


「どうでしたか、見学は」

「とても楽しかったです。戸波さんのお話も楽しかったですし、
工場も素敵だったし……」

「ですよね。俺も初めて見せてもらった日には、
一日、あの場所でダラダラしてましたから」



一日……

時間さえ許せば、私もそう出来たと思う。



「あの……」

「何ですか」

「この木片に描いてある顔、これって、私ですか?」


そうだと思いつつも、一応聞いてみることにした。

もし、違っていたら、なんだか妙だし。


「もしかしたら、もっと美人に描けなかったのかという不満ですか?」

「いえ、そうではなくて……」

「俺が『DOデザイン』に入ってから、初めてみるくらいの楽しそうな表情だったので、
つい、描いてみたってとこですね」


『楽しそう』

そう、楽しかった。こんな気持ちになれたのは、

何ヶ月ぶり、いや、何年ぶりくらいだろう。


「戸波さんにぴったり張り付いている長峰さんが、
本当はこの仕事が好きなんだなって、そう思ったものですから……」


この仕事が好きだという事実。

本当はまだ、自分の夢を諦めたくないと言う隠れた思いが、出ていたのだろうか。


「仕事……どうしても辞めるんですか?」


三村さんの言葉が、ずっしりと重く感じた。

半年後に幹人と結婚し、来年はきっとカナダにいるのだろう。

それが自分の生きる道だと思い続けているけれど、でも……


「結婚するから辞めるって、長峰さん言っていましたけれど、
どうして結婚したらやめないとならないのかな。今時、夫婦で働くことって、
ごく自然のことでしょう」


結婚して、働き続けることが出来たら、どれだけ幸せだろう。

でも……


「長峰さんが充実した仕事をすれば、きっとさっきのような笑顔で過ごせるわけだし、
彼だって嬉しいんじゃないかな」


笑顔……


「……彼、カナダに行くことになると思うので」

「カナダ?」

「はい。『林田家具』に勤めているので、海外工場への勤務は、免れないみたいです。
だから、それについて行かないと……」

「どれくらい行くのですか?」



どれくらい?

そんなこと、幹人に尋ねたことがなかった。

そういえば、どれくらいの長さ、カナダに行くのだろう。



「うわぁ……渋滞だ。こりゃまずいですね」


車の速度がゆっくりになり、私たちは渋滞に巻き込まれた。

とりあえず、会社に連絡をいれ、小菅さんに事情を話す。


『OK! 気をつけて帰ってきてね』

「はい、お願いします」


電話が切れた後、また、静かな車内が、戻ってきた。

私は、少しずつ暗さを増していく外の景色に目を向ける。



『どれくらい行くのですか?』



まだ、幹人に何も聞いたわけではない。

それでも私の頭は、どうか短くあって欲しいと、勝手に願うようになっていた。





渋滞を抜け、会社に戻り、私は三村さんが布袋を2つ乗せた台車を押し、

エレベーターの前に立った。三村さんは、戸波さんからもらった木の板を抱え、

同じように横に立つ。


「これ、会社で使うのですか」

「はい」


何をするつもりなのかは全くわからないまま、エレベーターに乗り込み、

そして4階で下りた。事務所はまだ明かりがついていて、

メンバーが揃って出迎えてくれる。


「おぉ……これか、これか」

「はい。すみません、渋滞に巻き込まれたものですから、すっかり遅くなって。
やっと運んできました」


伊吹さんが場所は開けておいたと後ろを指差し、私もそちらを見ると、

事務所の一番奥側に、何やらスペースが出来ていた。

三村さんはその場所に板を置き、私が運んできた袋をまた同じ場所に置く。


「よし、手伝うか」

「いえいえ、これは俺にじっくりとやらせてください。
何かしていないと、次のアイデアが浮かばないんですよ」

「ほぉ……そういうものか」

「はい」


帰り支度を済ませて待っていてくれたメンバーたちは、それからすぐに退社し、

事務所に戻ってから30分後には、私と三村さんだけになっていた。




【4-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【土居信太郎】
『DOデザイン』の社長。年齢50歳。車に酔いやすい。
社員の気持ちを理解し、心を広く持った兄貴のような存在。
経理担当の塩野明恵は恋人だけれど、まだ入籍はしていない。

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