4 木片の微笑み 【4-4】

【4-4】

次の日。

いつもの時間に仕事へ向かうと、いつもとは別の景色が現れた。

三村さんは結局、あれからひとりで作業を続けていたらしく、

終電に乗り遅れ、そのままソファーで丸くなっていた。


「全くもう、こんなところで寝ていたら風邪ひきますよ、三村さん」

「ん?」


優葉ちゃんの怒りの声も、三村さんには届かないのか、

戸波さんが木を包むためによこしてくれた古い毛布を、頭からかぶってしまう。


「三村さん!」

「……聴こえてます」


優葉ちゃんは両手を腰に当てると、どうしようもない人だといわんばかりに、

大きく息を吐いた。私は、昨日アイデアを出した脚の部分が、

ほぼ思い通りに出来ていることに驚き、思わずしゃがみこむ。

まっすぐに伸ばすのではなく、少しだけずらしていく。

一見、不安定に見えるけれど、力の分散がしっかり出来るので、

3点でも支えられる造り。


「すみません、長峰さん」


しゃがみこんでいる私に気付いたのか、三村さんが毛布の間から少しだけ顔を出した。

私はなぜ謝られるのかわからない。


「今日、話を聞きながらやるつもりだったのですが、
考えてみたら、昼間にドリルを使うのは、他の会社から怒鳴られるかな……と」


そうだった。このビルには、うち以外の会社が4社入っている。

しかも、税理士事務所や、保険勧誘の事務所など、お堅いイメージのものが多く、

昼間は人の数が多い。


「夜なら、誰もいないじゃないですか。そう思ったので……俺が勝手に……
で、出来てます? あなたのイメージで」



私のイメージ。

『遊び心』で描いていいと言われた、デザインのイメージ。



「はい……出来ています」

「よかった……」


三村さんはそういうと、また毛布を被ってしまう。

その毛布を伊吹さんが思い切りはがし、冷たく濡らしたタオルを、

三村さんの顔に押し付けた。


「うわぁ……」

「三村、お前ここで寝てたら減給だぞ」

「は? 減給ですか」

「当たり前だろうが。もう一度寝るようなことがあれば……」

「あれば?」

「お前の給料で、事務所全員飲み会だ!」

「……起きます!」


伊吹さんは笑いながら三村さんの頭を軽く叩き、

三村さんは渡されたタオルで顔を拭きなおすと立ち上がり、大きく背伸びをした。





その日の仕事を終えて、手早く買い物を済ませる。

出張から戻った幹人を、手料理で迎えたかった。

それに……



『どれくらい行くのですか?』



『カナダ』にいるのは、どれくらいなのか。

それが確かめてみたい。



幹人が私のアパートへ着いたのは、8時をまわった頃だった。



「はい、お土産」

「ありがとう。いいのに、出張なんだから」

「いいんだよ。お店に行くことで、気も晴れるしね」


幹人は一緒に出張へ向かった上司が、自分の娘の自慢話ばかりする人で、

離れる時間を作りたかったと、正直に話してくれた。

私は食器と料理を並べていく。

それからも、幹人が出張の間、どういうふうに過ごしていたのかを聞いていく。


「接待、それから見学。さらに接待……」


大手のサラリーマンが、緊張と愛想笑いの中にいることを、

話の中にあらためて感じとった。


「あぁ、ごちそうさま」

「あ、いいわよ。片付けなくて、私がやるから」

「いいって、いいって」


幹人は美味しそうに食べてくれた後、一緒に片付けを手伝ってくれる。

私がお皿をスポンジで洗うと、横で幹人が拭いてくれた。

重なったお皿たちは、あっという間に定位置に吸い込まれていく。


「コーヒーでいい?」

「うん」


インスタントのコーヒーを入れ、私は部屋へ戻る。

幹人はテレビのリモコンを持ち、チャンネルを順番に変えていった。

のんびりした時間が流れ始めたことを、自分自身で感じ取る。


「ねぇ、幹人」

「何?」

「あのさ、『カナダ』へ行くって言っていたけれど、どれくらい行くものなの?」

「どれくらいって日数のこと?」

「そう」

「おそらく1年だな。今までの先輩方も1年を目安に戻ってきて、
役職が付いたりしているからさ」



1年



「1年なんだ」

「そうだよ。元々工場の管理者は別にいるからね。俺たち営業部は、
向こうの状況を知るために行くことがメインで、交渉ごとの中で、
手助けするのが仕事」


1年。

正直、思っていたよりも短かった。


「まぁ、箔をつけるってところが本当の意味だろうね」


1年なら、なんとか出来ないだろうか。

結婚して、半年一緒にいて、1年間……


「どうしたんだよ、そんなこと急に聞いて」

「ねぇ、幹人」

「ん?」

「私、仕事を続けたらダメかな」



『仕事を続けたい』



そう言おうとした頭が、少しだけ遠慮がちに問いかけの文章へ変化させた。




【4-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【土居信太郎】
『DOデザイン』の社長。年齢50歳。車に酔いやすい。
社員の気持ちを理解し、心を広く持った兄貴のような存在。
経理担当の塩野明恵は恋人だけれど、まだ入籍はしていない。

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