5 他人の人生 【5-1】

5 他人の人生

【5-1】

「おはよう」

「うん……」


ベッドでまどろみながら見る朝日は、本当に見事なくらい綺麗だった。

まだ半分目を閉じている幹人の手が、しっかりと私をつつむ。


「どうしても、知花にこの景色を見せたかった」

「うん、すごく綺麗」

「よかった、知花が喜んでくれて」


幹人の嬉しそうな言葉に、私は『ありがとう』のキスを返し、

もう、迷うまいと心に誓った。



仕事よりも何よりも……

私が大切にしなければならないものは……ここにある。





「うーん……」

「またダメだしですか」

「ダメというわけではないけれど」


結婚するまでの半年間、私は、目の前の仕事をこなすことだけ考えようと決めた。

三村さんと向かい合い、意見を言い合う。

伊吹さんも小菅さんも、それぞれがほぼまとめあげているようで、

悩みの中にいるのは、私たちだけのように思えてくる。


「長峰さん、本気で考えてくれてますか?」

「……考えてます……けど……」


互いの両親に挨拶を済ませてからというもの、結婚式場の決定、日取りの決定があった。

どんな式にするのか、衣装はどうするのかなど、これからも決めていくことが多く、

頭の中の割合は、半々くらいかもしれない。

『本気』と聞かれて、一瞬答えに迷ってしまった。


「なんだか、らしくないんですよね。出ているんですよ、
もうこの仕事には、深く入り込まないようにしようって姿勢が」

「そんなこと」

「そんなことありません、ですか? 違うでしょ」


三村さんは手に持っていた鉛筆で、サイドボード側面のサイズに丸をした。

私はそれを確認する。


「あ……」


三村さんの言いたいことがわかり、つい声が出てしまった。


「そう昨日、俺が出したこの案、長峰さん全くのスルーですよ。
俺は意見が通るのならそれでいきたいですけど、でも、あなたの主張からすると、
寸法合わないはずだ」


そうだった。三村さんの主張する曲線を取り入れるためには、

他の部分での遊びを削らなければならない。

第一候補としてあげられるのが、この側面部分だった。


「それとも、長峰さんって、自分を押さえ込むことが耐え切れる人なのかな」


三村さんはそういうと、デスクに置いたタバコをつかみ、席を立ってしまった。

事務所内では喫煙が出来ないため、おそらく屋上へ向かうのだろう。

私は、指摘された部分をもう一度見た後、握っていたペンを机に置く。



幼い頃から、どちらかというと主張をすることは苦手だった。

何かが決まっているように感じると、

それを崩してまで、自分の意見を取り入れてもらおうとは思わないほうだった。

絶対に正しいという自信がなければ、

人の意見を崩すことがいけないことのように思え、

気付くと、いつも拍手ばかりしていた気がする。



『何? デザイン? 知花が?』

『そうなの。木に触れて、それを喜ぶ人たちのところに届けられるでしょ』



高校で進路を決めるとき、私は初めて自分の思いを口にした。

デザインの仕事をしているときだけは、

誰からも押さえられているという気持ちにならずに、

広い大きな森の中で、自分自身を解放している気分になれた。

幼い頃から大好きだった『木』のぬくもりを、自分なりに形に出来る仕事。


「ふぅ……」


私はもう一度デザインの下書きを広げなおす。

結婚式が控えていようが、あと半年でこの会社を辞めようが、それは私の事情。

三村さんが言うとおり、『らしくない』。

大好きなデザインの仕事に、中途半端はしたくない。


「よし」


三村さんのアイデアをどう組み立てるか、それを真剣に考えた。





「三村さん、これ見てください」


私が、デザインの下書きを持ち屋上に上がったのは、それから20分後のことだった。

言われっぱなしでは納得が出来ない。

私は、ただ我慢の子ではないことを証明してみせる。


「私は、別に自分自身を押さえ込んでいるわけではありませんので」


そう言った後、書き込んだ紙を三村さんに突きつけていく。

三村さんはタバコをもみ消すと、小さな缶の中に押し込んだ。

火が水に触れ、ジュッっという音がする。


「シンメトリーを使うことで、曲線が重量感を持ちすぎないように、
工夫してみました」

「シンメトリーか……」

「部屋に入り、扉を開けた状態で見える景色が、左右対称なのは、
おそらく落ち着くのではないかと」


曲線の使い方を、少し変えてみた。

三村さんは、頭の中で思い浮かべるものがあるのか、指を少しずつ動かしていく。

しばらく静かな時間が流れ、三村さんが大きく頷いた。




【5-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【伊吹訓之】
デザイン組のリーダー。年齢43歳。7歳、4歳、二人の男の子の父親。
責任感も強く、メンバーから絶大なる信頼を寄せられている。
タバコが大好きで、つい吸い過ぎてしまい、妻に怒られている。

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