5 他人の人生 【5-3】

【5-3】

「三村の?」

「はい」


午後の仕事をこなしながら、社長がタバコを吸うために屋上へ行く姿を見つけ、

私はそれを追いかけた。個人的な情報を聞き出したかったわけではないが、

現在の姿とあまりにも対照的な話だったので、

信じられないと言った方が、正しいかもしれない。

私は、今までの経緯を語り、三村さんの『過去』を尋ねてみた。


「あいつはなぁ、大学も経済学部を出ているんだよ。
でも、どこかでデザインは学んでいたような話をしていたね」

「経済学部ですか」

「あぁ、ちょっと珍しい経歴だろ。大学を卒業するまで6年かかったのも、
デザインの方に興味が移ってしまって、両方を追った結果だと、言っていた」

「へぇ……」


社長の土居さんは、私たち社員にも分け隔てなく、親しげに接してくれる。

社員の少ない会社だからなのか、社長の人柄なのか、

それとも、仕事が特殊なところが、影響しているのだろうか。


「5年くらい、あちこちの国を旅して、それから日本に戻ってきて、
で、うちに……」

「外国ですか」

「あぁ、スペインだの、イタリアだのって聞いたよ」

「どこか、別企業で仕事をされていたわけではないのですか」

「デザインの会社にはいたようだけれど、日本ではないみたいだったな」


デザインや建築を職とする人の中には、結構な変わり種の経歴を持つ方も多い。

社長は、三村さんのこともそんな一人だと思い、採用したと頷いた。


「経験も大事だけれど、ひらめきも大事だからな」

「はい……」


言いたいことは言うけれど、仕事の面に関しては、学ぶところが多い。

いや、あれだけ思いを形に出来るというところは、憧れに近いところもあった。


「長峰に対する答えになってないなぁ」

「いえ、いいです。私もなんとなく聞いてみようと思っただけなので」


結局、三村さんの過去は、

三村さん自身に聞き出すしかハッキリしたことはわからない。

私は社長の横に座ったまま、流れていく雲を、しばらく見つめ続けた。





カレンダーは5月の最終週を走り始める。私は、その先を見るため数枚めくった。

私と幹人の結婚式は10月最後の日曜日、27日。時間もこの間決めたばかり。

ドレスが着たいと言う私の意見を取り入れてもらい、チャペルで挙式をすることにした。





「今日、江戸川部長から、春の『カナダ』行きの話しが出たよ」

「うん」

「君以外に候補はいないからって言われて、よし! って」


幹人は式場のパンフレットを広げながら、仕事の話を楽しそうにし続けた。

私は、料理や引き出物のページを開きながら、その数の多さに驚いてしまう。


「へぇ……、こういうものも選ばないとならないのね」

「あぁ……そうだね」


フランス料理が定番だろうけれど、今はそれだけではない和洋折衷の料理もある。

目の前でお寿司を握り、提供するサービスも、なかなか好評だと書いてあった。


「料理とかさ、引き出物は知花の好きにして。俺はあまりわからないし」

「そうなの?」

「知花の思うとおりにすればいい。結婚式は女性のものだよ」



思う通り……



「なぁ、それよりさ、もう少し仕事早くやめられないか」

「どうして?」

「うん……ほら、弟の結婚式も春になりそうだし、
仕事の面でも、『林田家具』の新しい工場が青森に出来るから。
『カナダ』に行く前に、少し関わらないとならないみたいで」

「青森へ行くってこと?」

「いや、行くことはないけれど、忙しくなりそうだからさ。
知花には、家にいてほしいな……と思って」


幹人の中には、すでにそういった構想が出来上がっているのだろう。



仕事をする日が、もっと少なくなる。



せめて、あのデザインが採用されるのかどうかまで、見届けたいのに。


「ダメ?」

「ううん、そうじゃないけれど」


ダメだと言い切る自信は、ないけれど……


「なぁ、これ見て」

「何?」

「うちのデザイン室の女性が、『インテリアラウンドの新人賞』を獲った。
知花より2つ、年下だぞ」



『インテリアラウンド』



今年で20年目を迎える、家具デザインのコンテスト。

幹人が見せてくれたのは、『林田家具』がこの秋から売り込みをかける、

ウッドライフという作品。ウッドライフだけれど、

材料は木ではなくメラミン化粧板。

確か、予約注文だけで相当数入っていると、業界紙にも載っていた。


「才能って、こういうことを言うんだろ」


『才能』

売れるものをつくり、それを実際に売っていく。

企業の利益を生み出し、またさらに次へ進めるだけの資金を得られるもの。

確かに、この作品はそういうものだろう。


「あら、知花ちゃん? 知花ちゃんじゃないの?」


聞き覚えのある声に振り返ると、小菅さんと三村さんがその場に立っていた。




【5-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【伊吹訓之】
デザイン組のリーダー。年齢43歳。7歳、4歳、二人の男の子の父親。
責任感も強く、メンバーから絶大なる信頼を寄せられている。
タバコが大好きで、つい吸い過ぎてしまい、妻に怒られている。

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