5 他人の人生 【5-6】

【5-6】

「いいじゃないの、作品だもの、作るのよ。互いの意見を思い切りぶつけて、
それで納得しないと、後悔が残るでしょ」

「そうですけど……」


70くらいまで来ていたところを、ゼロに戻されてしまったのは、

さすがに疲れてしまう。


「でも、知花ちゃんがあれだけ必死に訴えている姿、なんだか久々ですよ」

「エ……」

「確かに、不満分子が事務所中に飛んでいましたけれど、二人とも楽しそうでした」

「楽しそう?」

「はい。まっすぐだとか、曲線だとか揉めていましたけれど、話を聞いていると、
お互いに、互いのいいところはわかっているように聴こえてましたし……」


優葉ちゃんは、聖子さんにいつもの『とろりんオムレツ』を注文し、

ストローの袋を、手でちりちりいじりながら、丸い円を作った。

私のストローの袋を、今度はまっすぐに伸ばしていく。


「この仕事が、おそらく知花ちゃんの最後の大きな仕事になるでしょ。
きっと、知花ちゃんの中にもそういう思いがあるんですよね。
だから譲れないっていうか、違いますか?」


最後の仕事。

確かに、それは間違いない。

でも、譲れないというより、なんだろう……もっと違う感覚がある。


「そうか、知花ちゃん、辞めてしまうのよね」

「そうですよ、エリートさんの奥さんになるのです。
専業主婦として、『カナダ』へ行き、毎日美味しいメイプルシロップをかけて、
パンケーキをほおばるんですよね」

「何よそれ……」


『専業主婦』かぁ……

考えたこともなかったけれど、そうなんだよね、そういえば。


「はい、知花ちゃんの『エビスパ』」

「ありがとうございます」


私は『エビスパ』を食べながら、優葉ちゃんの彼話を、黙って聞き続けた。





仕事を終えて、『結婚式場』へ向かう。

思っていたよりも打ち合わせが長引いてしまって、遅くなってしまった。

幹人の方が先について、きっと説明を聞いているはず。

今日は引き出物を決めて、衣装選びの日付を決めないと。


「すみません、長峰ですが」

「あぁ……はい。黒田さんがお見えになっていますよ」

「すみません」


担当の方が、奥にいると案内され、私は遅れて扉を開けた。

確かに幹人が座っている。


「ごめんなさい」

「いえいえ、いいですよ。みなさん仕事をされているのですから」


担当者の女性は、パンフレットを広げたまま、私の前においてくれた。

幹人は付箋のついた場所を指で示す。


「これとこれがお薦めだって、教えてもらった」

「あ……うん」


任せてくれると聞いていたので、私なりに考えてきたつもりだったけれど、

どうなんだろう。


「知花はどう? 俺はこれがいいと思うけれど」

「うん……」

「こちらは今、一番人気がありますよ」


『カタログ』

なんとなく味気ない気がしていた。


「面倒だろ。みんな好きなものを好きなようにもらえた方がいいはずだし、
俺は、そう思うけれど」

「……うん」


好きにしていいと言われていたはずなのに。


「そうですね。昔でしたら、おそろいのものををお持ち帰りという
形式が多かったのですが、荷物になりますし、それぞれみなさん好みもありますからね」

「はい」


結局、引き出物はカタログから選んでもらう形に落ち着いた。

料理も好き嫌いの偏らないようなものを選び、

そして、衣装選びの日を考えることになる。


「あの……出来たら土曜か日曜で」

「はい」

「土曜? どうして」

「千葉のお母さんに来てもらおうかと思って」

「……そっか」


幹人は一度は納得してくれたものの、スケジュール表を見て、

予定がたくさん入っていることに気付き、平日はどうかと聞いてくる。


「平日?」

「あぁ……人がたくさんいるところだと、落ち着けないだろう。
お母さん、平日は出てこられない?」

「出てこられないことはないけれど……」

「けど、何?」

「私……仕事が」


半年後に辞めることが決まっているのに、

平日まで結婚式の打ち合わせで抜けてしまうのは、なんだか申し訳ない気がしてしまう。


「また仕事か……」


幹人の呆れ口調でつぶやく声が、耳に届いた。


「仕事はもういいだろう。辞めることが決まっている社員に、
それだけ比重がかかることもないだろうし」

「『林田家具』のように大きければそうだろうけど、うちは小さいから、
一人抜けちゃうと、色々と……」


取引先へ話を聞きに行ったり、そんな営業マン的なことまで、

うちはみんなでこなしている。


「知花」

「何?」

「君がいなくても、君の会社は回るから心配なんてする必要はないよ」



……幹人。



「何が大事なのか、もう一度しっかり考えてくれ」


担当者の人が、気をつかって、平日と休日両方のプランを出してくれる。

私はそれを聞きながら、ただ頷くことしか出来なかった。




【6-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【伊吹訓之】
デザイン組のリーダー。年齢43歳。7歳、4歳、二人の男の子の父親。
責任感も強く、メンバーから絶大なる信頼を寄せられている。
タバコが大好きで、つい吸い過ぎてしまい、妻に怒られている。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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