6 着信記録 【6-4】

【6-4】

『……行くぞ』



どこかで聞き覚えのあるような、声。

どこだったのか、いつだったのか……


「知花、ごめんね、待った?」

「あ……うん」


母が化粧室から出てきたため、私は電話を切りバッグに入れる。


「何、誰かと電話してたの?」

「ううん、間違いだった。慌てて取ったのに、迷惑な話よね」

「あらそう……」


母は、千葉の家にも何度か間違い電話があり、

挨拶くらいしなさいと、怒鳴ってあげたことを楽しそうに語りだす。


「説教したってこと?」

「説教? まぁ、そう言われてみたらそうかも」

「やだ、そんなこと言って平気?」

「平気よ。だって失礼でしょ。二度連続で間違ったのよ。あれ? あれれ? なんて、
そんなこと言う間があるのなら、謝罪が先でしょう」

「うん……」


正直、母の話はあまり耳に入らなかった。何度もかかってきた着信記録。

相手が間違えてかけてきたのなら、何かしらアクションがあっただろう。

しかし、向こうはあえて無言のままで、しかも、音だけをこっちに送ってきていた。


まるで、今の状況をこちらに届けるため、

余計なことは話さない……そう思えてしまう。



『……行くぞ』



あの声……


「知花、ねぇ、この信号渡るの?」

「うん」


事務所までもう少しという信号の前に向かうと、三村さんが立っていた。

隣に小菅さんがいるところを見ると、『NORITA』との仕事だろうか。


「お疲れ様です」

「……あ、知花ちゃん。あれ? 今日はお休みじゃなかった?」

「はい、そうですけれど」


母は、二人が会社の人だとわかり、すぐに頭を下げた。


「長峰知花の母親です。知花がお世話になっております」

「あ……いえいえ」


小菅さんも三村さんも、慌てて頭を下げてくれた。

目的の事務所は目の前で、これからみなさんに会うのだから、

挨拶だけしておけばいいのに、ここから母の話が始まってしまう。


「今日はですね、結婚式の衣装選びをすると言われて。
千葉の家から、私が出てきたものですから」

「そうですか。うわぁ……いいなぁ、知花ちゃん。決めたの?」

「はい、なんとか」

「ねぇ、どんなの?」

「そんなに変わったものではないですよ」

「そうなの?」


小菅さんは、自分たちは身内だけ集めて式をしたので、

ウエディングドレスだけしか着なかったと、話しだす。


「あらまぁ、そうですか」

「そうなんです。その時は別にいいやと思っていましたけれど、
今となると、それなりに何枚か着て、写真だけでも撮っておけばよかったなと。
普段はなかなか着ないものですから」

「そうですよね……」

「お母さんも、知花ちゃんの花嫁姿、楽しみですね」

「はい。でも親としては進めば進むで、また心配が色々と」

「あぁ……そうでしょうね。うちの母も、あれこれよく電話をくれました」


小菅さんが聞き上手なので、母は気持ちよく会話を続けてしまう。

車の音を気にしているからなのか、だんだんと声が大きくなってきた。

隣に立っている知らない人たちに、今日のあれこれを聞かせてあげる必要など、

何もないのに。


「みなさん、甘いものはお好きかしら」

「あ、はい。みんな甘いものも辛いものも、何でも好きですよ」

「まぁ、よかったです。せっかくだから、みなさんにご挨拶をしようと思いまして……」

「挨拶? あら、いえいえ、すみません。
でもせっかくですから、事務所でお茶でも……」

「ありがとうございます。これねぇ、地元で美味しいと評判の羊羹なんですよ」

「お母さん……」


母は、私が小さい頃からいつも働いていた。

仕事は給食のお手伝いだったが、まだ赤ちゃんの知己を保育園に送るため、

いつも私より早く家を出て行った。

友達のお母さんは玄関で『いってらっしゃい』と手を振ったり、

花に水をやりながら、笑顔で送り出してれるのに、

私はいつもカギを持ち、小学校へ出かけていて。


一度だけ、そんな生活が嫌で、

家のコタツに入ったまま、学校を勝手に休んだことがあった。

深いことなど何も考えない子供だから、

ここにいない母は、休んだこともわからないと考えたのかもしれない。

テレビを見ていたのに、いつのまにか眠っていて、

気付くと私のおでこに触れる母の手があって、熱がないことを確認していた。

その人差し指には、絆創膏が巻いてあり、私はどうしたのかと尋ねて……。



『知花が学校を休んだって聞いて、お母さんびっくりしたら、
包丁で手を切ってしまったわ』



笑いながらだったけれど、でも、まんざらウソだとも思えなかった。

思いがけないことがあると、人は驚く。

母は、私がきちんと学校へ行っているのだと、そう信じてくれていた。

私は、母の思いを裏切ったのだ。



『ごめんなさい』

『いいよ……たいしたことないから』



給食も食べていない私に、母はあたたかい焼き芋をお土産に買ってきてくれた。

あったかい食べ物を口にしながら、

その時、とても悪いことをしてしまったのだと反省し、

二度とサボることはしなかった。


送り出してくれなくても、出迎えてくれなくても、

母はたくさん私を見てくれていると、そう感じた日。


あれからもう……20年近くが経った。




【6-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【小菅美恵】
知花の同僚。年齢33歳。
ご主人はプラモデルが大好きな、中学校の教師。
知花にとってはよきデザイナーの先輩であり、相談相手。

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