7 流れる風 【7-1】

7 流れる風

【7-1】

『……行くぞ』



あの声は、どこかのホームで出た言葉だろう。

聞こえてきた乗車アナウンスの声、言い回しが独特だった。



『……東京行き』



『新幹線のホーム』だということはすぐに理解できたけれど、

何駅だったのかまでは、わからない。

乗るところなのか、降りたところなのか、それもわからなかった。

わかったのは、声は男性だったこと。


私はメニューを広げ、目だけは料理の名前を追いかけた。

一通り見てみるが、何も頭には入ってこない。

どうせ、幹人があれこれ決めてくれるはず。私は従えばいい。

幹人は、ウエイターを呼ぶと、コース料理を注文する。

その間に携帯を開き、あの番号をもう一度確かめた。



『080……』



そう、何度見てみても、幹人の番号とは違う。

声が似ていただけで、他人の声だったのだろうか。

電話だから、声質だって変わるだろうし。

口癖のようなものも、同じ年頃の人なら、似てしまうことも多いはず。


「肉と魚、知花はどっちがいい?」

「……エ?」


目の前には、心配そうな幹人の顔があった。

そうだった。コース料理だけれど、選ばないと。


「あ、ごめん……えっと」

「どうした、さっきから。なんだか考え事をしているみたいだけれど、
また仕事?」

「あ、ううん、ごめん。えっと私は魚がいい」


また仕事のせいでと、言われてしまう。


「じゃぁ、一つずつで」


ウエイターはかしこまりましたと頭を下げ、その場を離れていった。

私は携帯を閉じ、バッグにしまう。

こんなものを見ているから、気持ちがずれてしまった。


「本当に大丈夫なのか? 具合でも悪い?」

「ううん、ごめんなさい。大丈夫だから」


私は携帯を押し込んだバッグを、自分からなるべく離すことにした。

今は、あれこれ考えても正解は出ないし、仕方がない。



BGMが心地よく流れる中に、スープが運ばれてくる。

ウエイターのセッティングが終了し、私も幹人もそれぞれスプーンを取った。


「で、どうなの?」

「どうって?」

「仕事だよ、早くやめられそう?」


幹人は当然とばかりに、そう聞いてきた。

おそらく、『やめられる』ことを前提に聞いているのだろう。

私は、ここはちゃんと伝えないとならないと思い、姿勢を正す。


「それがね。私と三村さんが考えたデザインがうちの代表に決定したの。
『エアリアルリゾート』が相手なのだけれど、
プレゼンして、もし、採用になったら忙しくなりそうだし、
やっぱり、ギリギリまで仕事をしようかと思って」


期限を延ばせと言っているわけではない。

最初の予定通りにしたいと言っているだけ。


「『エアリアルリゾート』? あの、ホテルチェーンの?」

「そう……」


『エアリアルリゾート』は、幹人も知っている企業。

そこら辺にあった仕事をしたいと言っているわけではないことは、伝わるだろう。


「河口湖に新しいシニア向けの施設をオープンするのよ。その仕事」


規模も影響力も、大きい会社。


「三村かぁ……」


幹人は三村さんの名前を、いかにも不機嫌そうにつぶやいた。

私は、この間、食事をした場所であやうくケンカになりそうだったことを思い出す。

幹人にとってみたら、あまり聞きたくない名前だろう。


「三村ってあの男だろ? この間、俺にあれこれ言ってきた」

「うん」

「あいつ、デザイナーの才能はあるんだ」

「うん……三村さんはすごいと思う。
普通、頭の中に浮かんでも、それを形にするのってすごく難しいの。
デザインとして描きあげるだけでも大変なのに、
三村さんはそれを流れるようにやってしまうことが出来て……」


そう、三村さんの仕事ぶりは、本当にすごい。

デザイン画も一気に描き上げるし、平面からでも世界を広げられる。


「知花」

「何?」

「いいよ、あいつの話は全く興味がないから」

「あ……ごめん」


幹人は首を振って、三村さんの話題を拒絶した。

言い合いの余韻は、まだ相当深く残っているように思えてしまう。


「ようするに、知花は仕事をやりたいということだろ」

「……うん」


幹人が嫌な顔をすることはわかっていたから、

ここで気持ちが折れないようにと思うけれど、やはり目の前でため息をつかれると、

自分がひどく悪いことをしているような気がしてしまう。

『だったらいい』というセリフを、つい言いそうになる。


「まぁ……いいよ。これ以上はあれこれ言わない。
俺も忙しいし。互いにその日までは、思うようにしよう」


『思うように……』

幹人は引き出物を選ぶときも、私の思うようにしていいと言っていた。

でも、実際にはそうではなくて。


「『エアリアルリゾート』ねぇ……」


100%納得してくれたわけではなさそうだけれど、とりあえずクリア出来てほっとする。

幹人は、スプーンをおくと、バッグからお土産を出してくれた。




【7-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【木暮優葉】
事務担当。年齢27歳。
笑うとえくぼが出てくる。好きなメニューは『とろりんオムレツ』。
歩くスピーカーと言われるくらい、おしゃべりが大好き。

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