8 素直な気持ち 【8-3】

【8-3】

「大切な人なら、きっとどこかで理解しあえます。
俺みたいに、全てを失ってからでは遅いから」


幹人に自分の思いを伝えていくこと。

どうなるのかわからないけれど、このまま黙っていて解決することはない。

私が耐えていくという選択肢は、もう、限界。


「さて、あと5分くらい歩けます?」


三村さんの言葉にふと気付くと、私たちは公園の端まで進んでいた。

タクシーを降りた正面の入り口が、遠くに見える。


「ここから5分ほど行った場所にある『あんこや』って店、
鯛焼きが上手いです。買って帰りましょう。もちろん、帰りは電車で」


タクシー代金。

そうだ、いくらだったのだろう。

私、自分のことに精一杯で、そんなこと思いもしなかった。


「あの、タクシー代金」

「いいですよ。喫茶店の椅子、デザインのアイデアくれたでしょ。
これをお礼にしてください」

「お礼? いや、でも……」

「さぁ、急ぎましょう。あの二人は何をしているって、
いくらのんびりした社長でも、多少、心配していますよ」

「はい」


何も解決したわけではないのに、なぜか心が軽くなった。

三村さんにも、色々なことがあった。

そんな部分を知っただけで、今までとは違う気がする。

『思いを伝えること』は、わがままでも、ずうずうしくもないことなのだ。

言葉にしなければ、わかってもらえないことはたくさんあるから。



幹人と話をしよう。

時間がどれだけかかってもいいから、納得するまで話し合おう。

私が勝手に想像していても、いい結果など生まれるわけがない。



私は三村さんの後ろを歩きながら、ずっとそう考えた。





その日の夜、幹人にメールを入れた。

出張中には電話をしない約束になっているが、メールなら問題ないだろう。

戻ってきたらゆっくり聞いて欲しいことがあることを送信した。

携帯に残してある番号。

このことも、きちんと聞かなくては。

『仕事を終えたら、部屋に行く』とメールの返信があったのは、

次の日の朝だった。





「よし、いいと思うぞ、これ」

「ありがとうございます」


社長のOKがもらえた。私は、プレゼン用の資料を揃え、

なんとか提出日に間に合ったとほっと息を吐く。

あとは、挨拶文を添えるだけだけれど、三村さんはなんだか落ち着かない。

落ち着かない理由は、あまりにも明らかだけれど。


「どうぞ、いいですよ、あとは私がやります」

「あれ? 気付きました?」

「気付きますよ、タバコでしょ?」

「……はい」


三村さんは机に置いたタバコを掴むと、私に申し訳ないという手の仕草を見せた。

楽しそうに事務所を出て行く姿が、なんだかおかしくなる。


「すごいわ、知花ちゃん」

「何がですか?」

「だって、今、三村君がタバコを吸いたがっているって、わかったわけでしょ」


反対側のデスクに座る小菅さんが、ペンをクルクル動かしながら、そう言った。


「だって小菅さん。いつも隣に座って同じような姿を見ているから、
それはわかりますよ」


手持ち無沙汰のように指が動いたり、口の中で、ちょっと舌が動くのがわかったり。


「そう? 私には三村君の動きが、そういう意味を持つって、わからなかったわ」

「そうですか?」

「二人は水と油だと思っていたけれど、いいコンビなのかもね、本当は」


私は違いますと否定しながら、横にあるペンを取った。

三村さんが残していったタバコの空袋が見える。



『WOLFのメンソール』



幹人と同じ銘柄だけれど、彼が好むのはボックスという固い箱。

同じ銘柄でも、三村さんはいつもソフトケースで、終わるとクシャッとするのが定番。

性格だろうか、それとも……


「さて、仕上げちゃおう」


私は一文字ずつ丁寧に挨拶文を書き、会社名の入った袋に入れた。





仕事を終えて、簡単だけれど食事の支度を整える。

時計を見ると、すでに9時を回っていた。

いつもなら、連絡くらいくれるのに、今日はそれほど忙しいのだろうか。



それとも……

私が何を聞きたいのか、薄々気付いているから、だから……



インターフォンが鳴り、返事をすると、私は部屋のカギを開ける。

幹人は、小雨が降り出したと言いながら、手でスーツについた水滴を払う仕草をした。




【8-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【塩野明恵】
経理担当、年齢43歳。
信太郎の恋人だが、タバコの煙が大嫌い。
飼い猫とドナルドダックにだけは、いくらかけても惜しくないと思っている。

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