9 意地の張り合い 【9-3】

【9-3】

やはり、あの萩尾さんが幹人の相手。


「それじゃ」

「あぁ、香住が知花の受けた電話の相手だよ。
もちろん、そんなふざけたこと、しっかり断ったんだろうな」

「ううん……断れなくて」

「は? 受けたのか」

「私はなんとなく電話の人かなと思ったし、断ろうとしたの。
でも、うちにとって、仕事は一つずつ大事でしょ、
萩尾さんの言うとおりにこなしきったら、利益も……」

「利益? あのさぁ、辞めるだろ、知花は」

「うん……でも……」

「俺に対する嫌味のつもり?」



幹人……



「何を考えているんだよ。香住は一級建築士だ。あいつは業界でも男に混じって、
実績も積み上げている。知花が意地でぶつかって、勝てるような女じゃない。
全く……」

「私は辞めようとしたって、言ったでしょ」

「会社が受けたってそういいたいのか」


私は黙って頷いた。

三村さんが、積極的に引き受けたといえば、また幹人が機嫌を悪くする。

それでなくても、幹人の今の状態は、少しの火花で爆発しそうなくらい、

表情が怒りに満ちていた。


「知花……」

「何?」

「君が退職願を出してから、十分月日は経っているはずだ。
そんな個人の意見も通してくれないような会社なら、仕事にも行く必要はないだろう」

「でも……」

「でも?」

「私が断りたい理由は、みんなにわからないもの」


そう、萩尾さんと私の複雑な関係は、私たち以外にはわからない。

幹人にもそれは伝わったらしく、珍しく、足でカツカツと床をたたき出す。

そして、親指と人差し指をこすり合わせた音が聞こえ、

ジリジリした思いを代弁しているようなそんな気がしてしまう。


「あのさぁ……俺、今大事な時期なんだ。何度も説明してきたけれど、
カナダに行く手はずも整いつつあるし、その後のことも色々あって。
こんなくだらないことで、悩ませないでくれ」



くだらない……



「……なんなんだよ、これは」



いくら退職願を出しているからって、明日から行かないなんてことが、

出来るわけがないし、仕事を請けてしまった会社に文句を言うのも、

筋違いではないだろうか。



なぜだろう、話が別の方向にずれていっている気がしてしまう。



「くだらないかな」

「あぁ、くだらないよ。終わったと言っているのに、勝手に動き始めて」


幹人の左手が拳を作り、トントンと机を叩きだす。

思い通りになっていないという現実が、彼を苛立たせているのだろう。


「わかった。いいよ、俺が香住に連絡をするから。
こんな時間の無駄になることは辞めてくれって。
だから知花はとにかく会社を辞める、いいな」





ここで『わかった』と頷かなければならないのだろうか。

幹人の思いに応えて、自分の感情は全て、押し込まないとならないのだろうか。



『彼にとって、都合がいい生き方は出来ないから……』



私は……





都合がいいだけの、女になるのはイヤ。





「幹人」

「何?」

「連絡はいい。私が萩尾さんと直接話したい」

「直接?」

「私なりに彼女と話をしたいの。それでもっていうのなら、
仕事もなんとか出来るところまで頑張りたい」

「何を言っているんだ」

「このまま、避けるように逃げてしまうのは、いや」



そう、ここで会社を辞めてしまったら、萩尾さんの挑戦状を無視してしまったら、

私は逃げることになる。

何も悪いことなどしていない私が、逃げてしまうなんて……



「知花……」

「私には、デザイナーとしての実力がないかもしれない。
それでも、デザインに対する思いは、たくさん持っているつもり。
どんないきさつがあろうと、仕事を頼んできているの。このまま逃げたくないの」



『都合のいい女』だと、バカにされたままで、終わりたくない。



「何言っているのか、わかっているの」

「……何って?」

「あのさ、仕事が、仕事がって言うけれど、香住は俺とのことがあるから、
知花に仕事を振ろうとしているんだぞ。それくらいはわかっているだろ。
お前の実力を評価しているわけがないんだ。一級建築士として、
実力のあるデザイナーとの仕事だって、いくつもこなしている女だぞ」

「わかってる」

「わかってなんていないだろう。お前のことなんて、否定するだけ否定して、
傷つけられるだけだ」


たしかに、簡単にはいかないだろう。

でも……


「やってみなければ、まだ……」

「わかっているから言っているんだ。香住の性格は、俺の方がわかっている。
知花が、仕事で香住に勝てるわけがないだろう」

「幹人……」

「それとも、俺のことなど考えずに、場外乱闘でもするつもり?」

「場外乱闘って」


場外乱闘なんて、するつもりはない。

出来たら、目の前にだって出てほしくはなかった。

幼い頃から、人と睨みあったり、奪い合ったすることなど、

好きではなかったのだから。


「あぁ、もういいよ。意地を張るなら、そうすればいい。
いいか、ここから俺は何も関係がないからな。
俺は知花の前で、もう香住とは会わないと約束もしたし、
結婚に向けてやらなければならないことはきちんとやっている。
知花がやるなら勝手にやってくれ」

「幹人……」

「でも、予定はすべてきちんとこなしてもらうから。
今さら……ここまできて、周りから崩されてたまるか」



この会話が、普通のものだとは到底思えなかった。

幹人が冷静でいられないのはわかるけれど、そもそものきっかけを作ったのは、

自分自身のはず。



「……うん」



それでも私は、黙って頷くことしか出来なかった。




【9-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【矢沢聖子】
喫茶店『COLOR』のママ。年齢は秘密。
ここのお店はすべて『DOデザイン』が作った家具を使っているため、
社員もランチによく利用している。

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コメント

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ですよね

るみなんさん、こんばんは

>幹人、そこまで言うか 元は自分の問題だろうと、
 思わず叫びたくなりました。

そうですよね。
いつの間にか、問題がすり替えられてます。
知花がどう切り抜けるのか、お楽しみにしてください。